藤舎の紋 藤舎名玄TOSHA MEIGEN ― 詞章ライブラリーへ戻る
長唄

髪梳夜撫子かみすきよるのなでしこ

長唄  作詞者・作曲者・初演年不詳

髪梳夜撫子 夜の撫子
夜の撫子

世の人の心の定めなさを、曇りなく映す鏡に対して言い起こす。子ゆえの闇に乱れる髪、垢馴れた黄楊の小櫛、心の内を洗う洗い髪——髪を梳くしぐさに女の思いを重ねてゆく。結うに言われぬ解き櫛、誰に見せようもない島田曲、島田の淵は瀬に変わっても恋の淵瀬はやるせない、と続けて、飛鳥川の昨日の淵ぞ今日は瀬という古歌の心で納める。『徳川文芸類聚』所収『歌撰集』の本文による。

あらすじ

世の中の人の心は定めなき。移る鏡に曇りなく。子ゆえの闇に乱れ髪。黄楊の小櫛も垢馴れし、心の内を洗い髪。結うに言われぬ解き櫛の、ついなげ島田。ああ、ままよ。誰にか見せん島田曲。島田の淵は瀬となれど、恋の淵瀬はやるせなや。とにかくに物思う身は是非もなき。いつか逢う、森の小烏、口ずさみ。おお、それ、憂き思い。昔語りの飛鳥川。

詞章と現代語訳

なかひとの〔ハル〕こゝろはさだめなき

世の中の人の心は、定めなき。

〔レイゼイ〕

うつるかゞみに〔ナヲス〕くもりなく

移る鏡に、曇りなく。

〔ヲン〕

ゆへのやみに〔ギンガハリ〕みだれがみ、つげのをぐしもあかなれし、こゝろうちをあらひがみ

子ゆえの闇に、乱れ髪。黄楊の小櫛も垢馴れし、心の内を洗い髪。

ゆふにいはれぬときぐしのつゐなげしまだ、あゝまゝよ

結うに言われぬ解き櫛の、ついなげ島田。ああ、ままよ。

〔上〕

だれにかみせんしまだまげ、しまだのふちはせとなれど、こひのふちはやるせなや〔合〕

誰にか見せん、島田曲。島田の淵は瀬となれど、恋の淵瀬はやるせなや。

〔クセ引〕

とにかくにものおもふはぜひもなき、いつか〔ヲン〕あふもりのこがらす、くちずさみ、ヲヽそれうきおもひ、むかしがたりのあすかがは

とにかくに物思う身は是非もなき。いつか逢う——「もりのこがらす」、口ずさみ。おお、それ、憂き思い。昔語りの飛鳥川。

この曲は詞章の出典が他と異なる。『徳川文芸類聚』第十 俗曲下所収『歌撰集』の本文(著作権消滅)による。原典は一続きの本文で、段の切れ目はこちらで読みやすく分けたものである。目次の題名は『かみすき』、本文の題名は『髪すき』。

原典は総かな書きの部分が多いため、読みやすさを考えて漢字を当てた。ふりがなが原典の仮名である。

「子ゆへのやみ」は「人の親の心は闇にあらねども子を思ふ道に惑ひぬるかな」(藤原兼輔・後撰集)による。

「あらひがみ」は洗い髪。結わずに垂らした髪で、心のうちをさらけ出すさまに掛ける。

「しまだ」は島田髷。「島田の淵」は「淵は瀬になる」の言いまわしに地名の島田を掛ける。

「あすか川」は「世の中は何か常なる飛鳥川昨日の淵ぞ今日は瀬になる」(古今集)による。曲の初めの「定めなき」と呼応する。

語義の定めがたい語は推測で埋めず原典のまま残した。「つゐなげしまだ」、「しまだ曲」、「あふもりのこがらす」(「逢ふ」と「森の小烏」を掛けるかと見られるが切り方が定めがたい)。

作詞者・作曲者・初演年は原典に記載がない。流儀・稽古本によって仮名遣いや字句にも異同があるため、演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。