雁金かりがね
清元 本名題『色増栬夕映』(いろまさるもみじのゆうばえ) 河竹其水 述作(原典の記載による) 作曲者・初演年不詳

秋の末の景色に、去年の夏の恋を思い返す短い一曲。「雁金を結びし」と雁の声に契りを結んだ日を起こしにして、残る暑さも忘れる冷たい風、昼も鳴く蟋蟀、こぼれ萩と薄紅葉、変わらぬ常磐の松へ運ぶ。三下りからは回想で、卯の花の夏の初め、人目を厭う旅の宿、飛び交う蝶に消える灯火、短夜の夢と明けの鐘、東雲の時鳥に鬢のほつれを掻き上げる櫛の雫。やがて夏秋も過ぎて時雨の冬が近づき、散る木の葉と風に乱れる萩芒のなかに、名を白菊が咲き出て、この家の主が知れる、と結ぶ。
あらすじ
雁の声とともに契りを結んだのも昨日今日のこと。残る暑さも忘れる冷たい風が立ち、昼も鳴く蟋蟀が哀れを添える秋の末。秋は我が身ひとつのものではないけれど、露のような涙がこぼれる萩、曇りがちな空、夕日の薄紅葉。梅も桜も色を変えるなかに、常磐の松だけは変わらない。思い返せばあの時はまだ卯の花の夏の初め、人目を厭う旅の宿で、飛び交う蝶に灯火が消え、若葉の木下闇。思いがけない首尾に結んだ夢も短夜に覚めて、恨めしい明けの鐘。東雲の時鳥、鬢のほつれを掻き上げる櫛の雫に濡れてうれしい朝の雨。やがて夏秋も過ぎ、時雨の冬近く、散る木の葉と風に乱れる萩芒のなかに、名を白菊が咲き出て、匂うこの家の主と知れたのだった。
詞章と現代語訳
雁金を〔合〕結びし〔虫厨〕も昨日今日〔合〕残る暑さを忘れてし、肌につめたき風たちて、昼も音を鳴く蟋蟀に〔合〕哀れを添る秋の末〔合〕
雁の声を聞いて契りを結んだのも、つい昨日今日のこと。残る暑さも忘れて、肌に冷たい風が立ち、昼も鳴く蟋蟀に哀れを添える秋の末。
『我身一つにあらねども〔合〕憂にわけなき事にさへ〔合〕露の涙のこぼれ萩、曇り勝なる空癖に〔合〕夕日の影の薄紅葉、梅も桜も色変る、中に常磐の松の色
秋は我が身ひとつのものではないけれど、憂いとも言えないことにさえ、露のような涙がこぼれる萩。曇りがちな空模様に、夕日の影の薄紅葉。梅も桜も色を変えるなかに、常磐の松の色ばかりは変わらない。
まだ其時は卯の花の、夏の初めに白川の、関はなけれど人目をば〔合〕厭ふ隔ての旅の宿〔合〕飛交ふ蝶に灯火の、消て若葉の〔合〕木下闇〔合〕
まだその時は卯の花の咲く夏の初め。白河の関があるわけではないけれど、人目を厭う隔ての旅の宿。飛び交う蝶に灯火が消えて、若葉の木下闇。
思はぬ首尾にしつぽりと、結びし夢も〔合〕短夜に覚て恨みの明の鐘〔合〕
思いがけない首尾にしっぽりと結んだ夢も、短夜に覚めて、恨めしい明けの鐘。
空ほの暗き東雲に、木の間隠れの時鳥、鬢のほつれを掻あげる〔合〕櫛の雫か雫か雨か、濡て嬉しき〔合〕朝の雨
空のほの暗い東雲に、木の間隠れの時鳥。鬢のほつれを掻き上げる櫛の雫か、雫か雨か——濡れてうれしい朝の雨。
はや夏秋もいつしかに〔合〕過て時雨の冬近く、散るや木の葉のばらばらと、風に乱るゝ萩芒
はや夏も秋もいつしか過ぎて、時雨の冬が近い。散る木の葉はばらばらと、風に乱れる萩と芒。
草の主は誰ぞとも、名を白菊の咲出て、匂う此家ぞ知れける
この草の主は誰であろうかと——名を白菊が咲き出て、匂うこの家であると知れたのだった。
詞章は声曲文芸研究会『声曲文芸叢書』第三編 清元集(明治四十二年)の校訂本文(著作権消滅)による。繰り返し記号は読みやすく展開し、合方の指示は省いた。繰り返し記号は直前の語句を繰り返すものとして展開したが、どこまでを一語と見るかはこちらの判断による。
一段目の〔虫厨〕は原典のままの記号で、意味を定めがたい。当ライブラリの清元「夕立」にも同じ記号が出る(どちらも合方などの指示かと見えるが、断じきれない)。本文には入れず、記号のまま残した。
「我身一つにあらねども」は「月見れば千々に物こそ悲しけれ我が身一つの秋にはあらねど」(大江千里)を踏む。「こぼれ萩」は露に涙を、「空癖」は曇りがちな空模様をいう。「白川の関はなけれど」は、人目を隔てる関の意に白河の関を掛ける。「名を白菊の咲出て」は、菊に名を明かす心を掛けたと見た。
繰り返し記号「ばら/\」は「ばらばら」とした。
原典の用字「添る」「匂う」はそのまま残した。
流儀・稽古本によって仮名遣いや字句に異同があるため、演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。