藤舎の紋 藤舎名玄TOSHA MEIGEN ― 詞章ライブラリーへ戻る
荻江

鐘桜黄昏姿かねにさくらたそがれすがた

荻江節  作詞者・作曲者・初演年不詳

鐘桜黄昏姿 黄昏の梵鐘と桜
黄昏の梵鐘と桜

道成寺物。入相の鐘の声が寂滅為楽と響くという道成寺の名文句で起こし、つれない人の仕業に若木の花を散らされた悲しさを述べる。雲上の花の宴、仙洞の紅葉、秋の夜の月と、華やかだった身の来し方を数えたうえで、衰えては朝顔の日陰と嘆き、恨みを晴らすために現れたと明かす。中ほどは見目形に惚れたのではない、心ばせにこそ迷うたのだという口説きを重ね、結びは人々の寝入る隙を狙って鐘の竜頭に手をかけ、引き被いて失せる——鐘入りの場で納める。『徳川文芸類聚』所収の荻江節正本による。目次の題名は『鐘楼黄昏姿』。

あらすじ

そも、入相の鐘の声。寂滅為楽と響けども、我は思いのあるゆえに、真如の月を眺め明かさん。つれなき人の仕業ゆえ、若木の花を散らす悲しさ。つらつら世上を観ずれば、雲上の花の宴、春の朝の御遊びに、仙洞の紅葉。秋の夜は月に戯れ、色香に染み、華やかなりし身なれども。衰えぬれば朝顔の日陰、待つ間の思いの露。恨みを晴らさん、そのために、これまで現れ来たるぞや。世の中の情けは人のためならず。我、人のためつらければ、かならず身に報いの罪や。数々の千束に余る玉箒。徒になしたる腹立ちやと、飛び退り、立ち上がり。おお、さりながら。見目や形や、目もとにや惚れぬ。心ばせにぞ、所詮迷え。おしゃれば、それもそう。「かわい、かわい」と口には言えど、なせる仕業にゃ気にゃ入らぬ。忘るる隙もないわいな。恨み、さらに尽すまじ。思いを晴らさん、待ち給えと窺い寄れども、こはいかに。人々眠れば良き隙ぞとて、立ち舞うように狙い寄って、思えばこの鐘恨めしやとて、竜頭に手をかけ、飛ぶぞと見えしが、引き被いてぞ失せにける。

詞章と現代語訳

そもいりあひのかねのこゑじやぐめつゐらくとひゞけどもわれはおもひのあるゆへに真如しんによつきをながめあかさんつれなきひとのしわざゆへわかはなをちらすかなしさつらつら世上せじやうをくわんずれば〔合〕うんしやうのはなえんはるのあしたのあそびに仙洞せんとうの〔合〕もみぢあきつきにたはむれいろにそみはなやかなりしなれどもおとろへぬればあさがほの〔合〕ひかげまつまのおもひのつゆうらみをはらさんそのためにこれまであらはれきたるぞや。〔カカリ〕なかのなさけはひとのためならずわれひとのため〔ナヲス〕つらければかならずにむくひのつみや数々かずかずの〔合〕千束ちづかにあまるたまはゝきあだになしたるはらだちやととびしさりたちあがり〔フシヲトし〕ヲヽさりながら〔合ノ手〕

そも、入相の鐘の声。寂滅為楽と響けども、我は思いのあるゆえに、真如の月を眺め明かさん。つれなき人の仕業ゆえ、若木の花を散らす悲しさ。つらつら世上を観ずれば、雲上の花の宴、春の朝の御遊びに、仙洞の紅葉。秋の夜は月に戯れ、色香に染み、華やかなりし身なれども。衰えぬれば朝顔の日陰、待つ間の思いの露。恨みを晴らさん、そのために、これまで現れ来たるぞや。「世の中の情けは人のためならず」——我、人のためつらければ、かならず身に報いの罪や。数々の千束に余る玉箒。徒になしたる腹立ちやと、飛び退り、立ち上がり。おお、さりながら——

みめやかたちや〔合〕〔入カン〕もとにやほれぬ〔合〕こゝろばせにぞしよじまよへ〔合〕おしやればそれもそふ。それもそふ〔合ノ手〕

見目や形や、目もとにや惚れぬ。心ばせにぞ、所詮迷え。おしゃれば、それもそう、それもそう。

かわいかわいと〔合〕〔力ン入〕くちにはいへど〔合〕なせるしわざにやきにやいらぬ〔合〕おしやればそれもそふそれもそふ〔ナヲス〕わするゝひまもないわいな

「かわい、かわい」と口には言えど、なせる仕業にゃ気にゃ入らぬ。おしゃれば、それもそう、それもそう。忘るる隙もないわいな。

うらみさらにつくすまじ。おもひをはらさんまちたまへとうかゞひよれどもこはいかに〔合〕人々ひとびとねむればよきひまぞとてたちまふやうにねらひよつておもへばこのかねうらめしやとてりうづにをかけとぶぞとへしがひきかづいてぞうせにける

恨み、さらに尽すまじ。思いを晴らさん、待ち給えと窺い寄れども、こはいかに。人々眠れば良き隙ぞとて、立ち舞うように狙い寄って、思えばこの鐘恨めしやとて、竜頭に手をかけ、飛ぶぞと見えしが、引き被いてぞ失せにける。

この曲は詞章の出典が他と異なる。『徳川文芸類聚』第十 俗曲下所収『荻江節正本』の本文(著作権消滅)により、章句・合方の記号は原典のまま段の頭や途中に残し、繰り返し記号は読みやすく展開した。目次の題名は『鐘楼黄昏姿』。

原典は総かな書きの部分が多いため、読みやすさを考えて漢字を当てた。ふりがなが原典の仮名である。

道成寺物。安珍・清姫の伝説にもとづき、鐘に恨みを晴らす女の姿を描く。結びの「竜頭に手をかけ、飛ぶぞと見えしが、引き被いてぞ失せにける」は鐘入りの場。「りうづ」は鐘の頂につけた吊り手。

「入あひのかねの声じやぐめつゐらく」は「諸行無常 是生滅法 生滅滅已 寂滅為楽」の四句によるもので、能『道成寺』以来この曲種の決まり文句。

「真如の月」は迷いを照らす悟りの月。「うんしやう」は雲上、宮中のこと。「仙洞」は上皇の御所。

「世の中のなさけは人のためならず」は、情けは人のためではなく巡って我が身に返るという諺による。

語義の定めがたい語は推測で埋めず原典のまま残した。「千束にあまるたまはゝき」(玉箒は正月の飾り物とも、掃き清めるものともいうが、ここでの意は定めがたい)、「しよじまよへ」。

作詞者・作曲者・初演年は原典に記載がない。流儀・稽古本によって仮名遣いや字句にも異同があるため、演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。