草たばねくさたばね
作詞者・作曲者・初演年不詳

盂蘭盆の玉祭りに寄せた手向けの曲。櫛笥も鏡台もとりそろえ、灯籠の房のもつれるままに亡き人を思う。三つ瀬川の白波、萩の露と運んで、日の本の神々に祈り、女文の結び「かしく」で納める。
あらすじ
櫛笥も鏡台もとりそろえて、言葉には出さぬままの玉祭り。灯籠の房はばらばらと垂れ、もつれたまま解けずにいる軒の端。明けてゆく心を思いやれば、月とその影を映す鏡山。人が惜しんだ甲斐もなく、あの人はもう三つ瀬川の白波の向こう。同じ流れに散る萩の露も、わたしの涙も、みな男ゆえのこと。日の本の神々さまに祈って、末の世までもほかにないぞと、繰り言ながら申しあげる。返す返すも面影が立って、言うに言われぬわたしの涙。涙に濡れて墨の散る古い言葉を歌い、手向けのさまざまを、こう存じ上げます——かしく。
詞章と現代語訳
櫛笥鏡台とりそろへ、言葉に言はぬ玉祭り、灯籠の房のばらばら、もつれて解けぬ軒のつま
櫛笥も鏡台もとりそろえて、言葉には出さぬままの玉祭り。灯籠の房はばらばらと垂れ、もつれたまま解けずにいる軒の端よ。
明けの心を思ひやる、月と影との鏡山、人の惜しみし甲斐もなく、いま三つ瀬川白波や
明けてゆく心を思いやる。月とその影を映す鏡山。人が惜しんだ甲斐もなく、あの人はいま三つ瀬川の白波の向こうよ。
同じ流れに散る萩の、露も涙も男ゆゑ、世界の心
同じ流れに散る萩の、その露も、わたしの涙も、みな男ゆえのこと。それが世の心というものよ。
日の本の神々さまを祈りて、しせいもんくつされ、末の世までもほかにないぞと繰り言ながら
日の本の神々さまに祈って——「しせいもんくつされ」——末の世までもほかにはないぞと、繰り言ながら申しあげる。
返す返すも面影の、言ふに言はれぬ我が涙
返す返すも面影が立って、言うに言われぬわたしの涙。
濡れて墨散る古言を歌ふ、手向けのさまざまに存じまゐらせ候ふかしく
涙に濡れて墨の散る古い言葉を歌う——手向けのさまざまを、こう存じあげます。かしく。
詞章は『徳川文芸類聚』第十 俗曲下 所収『歌撰集』の本文(著作権消滅)により、繰り返し記号は読みやすく展開し、合方〔合〕の指示は省いた。
原典は総かな書きのため、読みやすさを考えて漢字を当てた箇所が多い。
「玉祭り」は盂蘭盆に亡き人の霊を迎えて祭ること。灯籠を掛け、供物を供える。
「三つ瀬川」は三途の川。ここは亡き人が渡ってしまったことをいう。
「櫛笥」は櫛や化粧道具を入れる箱。鏡台とともに、亡き人の身のまわりの品をとりそろえて供える心。
結びの「かしく」は女文(女性の手紙)の結語。この曲は手向けの文の体をとって納める。
「しせいもんくつされ」「世界の心」「明けの心」は語義が定かでないため原典のままとした。とくに「しせいもんくつされ」は誓紙・起請文にかかわる語かとも思われるが、確かめられないので手を加えなかった。
作詞者・作曲者・初演年は原典に記載がない。流儀・稽古本によって仮名遣いや字句にも異同があるため、演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。