綱手車つなでぐるま
荻江節 本名題『夜鶴綱手車』 作詞者・作曲者・初演年不詳

岡の柳を綱手縄に見立て、「引けや引けや、この車」と車を引く場面から始まり、有明の月に都を出て東路へ下る道行、そして藤沢寺の門前での千僧供養——説経節がかりの節を多く用いた、車引きの曲。本名題は『夜鶴綱手車』。他の曲と異なり『徳川文芸類聚』所収の荻江節正本による。
あらすじ
糸によるという、岡の柳の綱手縄。引けや引けや、引けやこの車。えいさらえいさら——さらに思いは休まらぬ。片輪車の引き綱も、心もつれや、有明の月の都を立ち出でて、四方の春辺の浅紫や、東路へ。人目の関——関笠か、それとも扇か。隠れ笠にもあらざれば、親は空にて血の涙。あとに残した柞の森の——漏りてや袖に、花風の、乾く間もない車坂。ひと引き引けば千僧供養、ふた引き引けば万僧の——供養の庭と聞くからに、えいさらえいと引く車。引くや仏の御手の糸。藤沢寺の門前に、しばらく車をとどめたのであった。
詞章と現代語訳
いとによる
糸によるという——。
をかのやなぎのつなでなわ
岡の柳の、綱手縄。
ひけやひけやひけやこの車
引けや引けや、引けやこの車。
ゑいさらゑいさらさらにおもひはやすまらね
えいさらえいさら——さらに思いは休まらぬ。
かたわぐるまのひきづなも
片輪車の引き綱も。
こゝろもつれやありあけの
心もつれや、有明の。
月の
月の。
みやこをたちいでて
都を立ち出でて。
よものはるべのあさむらさきやあづま路へ
四方の春辺の浅紫や、東路へ。
ひとめせき
人目の関——。
がさ
関笠。
やれあふぎ
やれ、扇。
隠れがさにもあらざれば
隠れ笠にもあらざれば。
おやはそらにてちのなみだ、あとに
親は空にて血の涙。あとに。
のこせしはゝそのもりの
残した柞の森の。
もりてやそでに
漏りてや袖に。
はなかぜの
花風の。
かわくまもなきくるまざか
乾く間もない——車坂。
ひとひきひけばせんぞうくやう、ふたひきひけばまんぞうの
ひと引き引けば千僧供養、ふた引き引けば万僧の。
くやうのにはときくからに、ゑいさらゑいとひくくるま、ひくやほとけのみてのいと
供養の庭と聞くからに、えいさらえいと引く車。引くや、仏の御手の糸。
ふぢさはでらのもんぜんに、しばらくくるまを
藤沢寺の門前に、しばらく車を。
とゞめける
とどめたのであった。
この曲は詞章の出典が他と異なる。『徳川文芸類聚』第十 俗曲下所収『荻江節正本』の本文(著作権消滅)により、章句の記号は原典のまま段の頭に残し、繰り返し記号は読みやすく展開し、合方の指示は省いた。本名題は『夜鶴綱手車』。
原典は総かな書きのため、読みやすさを考えて漢字を当てた。ふりがなが原典の仮名である。
「綱手縄」は舟を引く綱。「糸による」は柳の細い枝を糸に見立てた言い掛け。
「セツキヤウガカリ」「サイモンガカリ」「セツキヤウヲトシ」「セツキヤウドメ」は説経節・祭文がかりの節を指す原典の記号。小栗判官の車引き(照手姫が土車を引く一段)を思わせる詞章で、「藤沢寺」は遊行寺(藤沢の清浄光寺)、小栗物の縁の地である。
「千僧供養」は千人の僧を招いて営む法要。「ひと引き引けば千僧供養」は小栗の土車の唱え言葉として知られる。
「柞の森」は歌枕で、母の縁語として用いられる。「乾く間もなき」は涙にぬれる袖の言いまわし。「車坂」は地名に車を掛けた言い掛け。
「人目の関」に「関笠」「扇」「隠れ笠」を続けるのは、顔を隠すものを並べた言い掛け。
作詞者・作曲者・初演年は原典に記載がない。流儀・稽古本によって仮名遣いや字句にも異同があるため、演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。