藤舎の紋 藤舎名玄TOSHA MEIGEN ― 詞章ライブラリーへ戻る
清元

累かさね

清元  本名題『色彩間刈豆』(いろもようちょっとかりまめ) 別題『累与右衛門』(原典の目次の括弧書きによる)  松井幸三 述(原典の記載による) 作曲者・初演年不詳

累 夏の夜の川堤の夕顔と葉末の露
夏の夜の川堤の夕顔と葉末の露

腰元の累と浪人与右衛門の、木下川堤の道行から殺しまでを描く一曲。夕顔・夏草の露、蛍火の夏の夜、ひとり死のうとした与右衛門のあとを、身ごもった累が追って来る。与右衛門は、累の養父が預かりの茶入を失くして咎めを受けている今、共に死んでは親不孝と帰そうとするが、累は盂蘭盆の十念の折に見初めたことからの思いを口説く。二人が死を覚悟して親たちに暇乞いをすると、川に髑髏が流れ寄り、刺さった鎌を与右衛門が抜くと、累の顔はたちまち醜く変わる。与右衛門は、累の実の父・助を殺したのは自分で、その報いだと明かして斬りかかり、累は恨みに狂って鬼女のありさまとなるが、土橋の上で鎌にかかって果てる。殺しの場で終わる曲なので、席によっては扱いに心を配りたい。

あらすじ

思いも心も人に染まればこそ恋。夕顔や夏草の露のように、消える間近い命。ひとり死を覚悟して書き置きを残した与右衛門のあとを、累は恐い夜道を追い、蛍の飛ぶ木下川の堤で追いつく。与右衛門は、預かりの撫子の茶入を失くして咎めを受けている養父のことを思えば、共に死ぬのは親不孝だと帰そうとする。累は、去年の盂蘭盆に祐念さまのお十念の席で見初め、奥勤めの長局でも成田屋に似たあなたを思って楽しんでいた、今は身ごもって五月六月と、恥じらいながら口説く。与右衛門は腹の子まで殺すのも世のなりゆきと覚悟を決め、二人は義理の親と生みの親によそながら暇乞いをして泣く。そのとき川に髑髏が流れ寄る。刺さった錆びた鎌を与右衛門が抜くと、累の美しい顔はたちまち醜く変わる。それと知らない累は、ほかに楽しみがあるのかと嫉妬し、町家の女房となって駒下駄で歩く夢を語る。与右衛門は死ぬというのは偽り、国へ連れて行こうとだまして、いそいそと先に立つ累を斬りつけ、鏡で変わった顔を見せて、そなたの実の父・助を殺したのは自分、その報いだと明かす。累は恨みに狂い、髪を振り乱して鬼女のありさまでつかみかかるが、与右衛門は土橋の上で鎌にかけ、累は八重撫子のように消えていく。

詞章と現代語訳

思おもひをも〔合〕心こゝろも人ひとに染そまばこそ、恋こひと夕顔ゆふがほ夏草なつくさの〔合〕消きゆる間近まぢかき末すゑの露つゆ、元もとの雫しづくや世よの中なかの、遅おくれ先立さきだつ二道ふたみちを

思いも心も人に染まればこそ恋。夕顔や夏草に置く、消える間近い末の露、もとの雫——世の中の、遅れ先立つ二つの道を、

同おなじ思おもひに跡先あとさきの、別わかちしどけも夏紅葉なつもみぢ、梢こずゑの雨あめや〔合〕さめやらぬ、夢ゆめの浮世うきよと行ゆきなやむ、男をとこに丁度ちやうど青日傘あをひがさ〔合〕骨ほねになるとも何なんのその、跡あとを逢あふ瀬せの女気をんなぎに〔合〕恐こはい道みちさへ〔合〕やうやうと、互たがひに忍しのぶ野辺のべの草くさ〔合〕葉末はずゑの露つゆか〔合〕蛍火ほたるびも

同じ思いで、あとさきに別れた二人。わかちしどけも夏紅葉、梢の雨の雫も覚めやらぬ夢の浮世と、行き悩む男に、ちょうど青日傘をさしかけるように、骨になろうともかまわぬと、あとを追って逢おうという女心。恐い夜道もようやくのことで、互いに人目を忍ぶ野辺の草、葉末の露か蛍火か——

若もし、追手おつてかと身繕みづくろひ心こゝろ関屋せきやも跡あとになし、木下川きねがは堤づゝみにつきにけり

もしや追手かと身づくろいして、急く心のまま関屋の里もあとにして、木下川の堤に着いた。

これ累かさね、思おもひ掛がけない所ところへ、そなたは如何どうして来きやつたぞ

これ累、思いがけない所へ、そなたはどうして来たのだ。

どうしてとは胴欲どうよくな、一所いつしよに死しにあうと言替いひかはしたをお前まへ一人ひとり覚悟かくごの書置かきおき、一所いつしよに殺ころして下くださんせいな

どうしてとはむごいこと。いっしょに死のうと言い交わしたのに、あなたひとり覚悟の書き置き。いっしょに殺してくださいませいな。

切せつなる心こゝろは尤もつともなれど、そなたの養父やうふは預あづかりの、撫子なでしこの茶入ちやいれ紛失ふんじつ故ゆゑ、殿様とのさまよりお咎とがめうけ、夫それさへあるにそなたと死しんでは親おやへの不孝ふかう、思おもひあきらめ爰こゝから早はやう帰かへつてたも

切ない心はもっともだが、そなたの養父は、預かりの撫子の茶入を失くしたために殿さまからお咎めを受けている。それさえあるのに、そなたがわたしと死んでは親への不孝。思いあきらめて、ここから早く帰ってくれ。

言いふ顔かほつくづく打守うちまもり、ひよんな縁えんで此様に〔合〕つい斯かうなつた〔合〕中なかぢや故ゆゑ〔合〕

そう言う顔をつくづくと見守って、「ひょんな縁でこんなふうに、ついこうなった仲だから——

勿体もつたいない事ことながら、去年こぞの初秋はつあき盂蘭盆うらぼんに、祐念さまのお十念じふねん、その時ときふつと〔合〕見染みそめたが〔合〕

もったいないことながら、去年の初秋の盂蘭盆に、祐念さまのお十念を受けに参ったとき、ふと見初めたのが始まり。

ほんに結むすぶの神かみならで、仏ほとけの庭にはの新枕にひまくら、初手しよてから蓮はちすの台うてなとぞ〔合〕心こゝろで祝いはふ菩提心ぼだいしん、後生ごしやう大事だいじの殿御とのごぢやと〔合〕

ほんに縁結びの神ではなく、仏の庭での新枕。はじめから蓮の台で添うものと心に祝う菩提心、後生大事の殿御だと——

奥おくの勤つとめの長局ながつぼね、役者やくしや贔屓びいきの噂うはさにも、どこやら風ふうが成田屋なりたやを〔合〕

奥勤めの長局で、役者贔屓の噂話にも、どこやら風情が成田屋に似ていると、

お前まへによそへて楽たのしむ心こゝろ、打交うちまじりたる騒さわぎ歌うた〔合〕

あなたになぞらえて楽しむ心。それに打ち混じって聞こえる騒ぎ歌——

入墨子いれぼくろ入墨子いれぼくろ、起請きしやう誓紙せいしは反古ほごにもなろが〔合〕五月いつつき六月むつきは万更まんざら反古ほごにもなりやせない

入れぼくろ、入れぼくろ。起請誓紙は反古にもなろうが、身ごもって五月六月となっては、まんざら反古にもなりはしない。

唄うたふ辻占つじうら今いまの身みに、当あたりて私わたしが恥はづかしと、跡あと言いひさして口籠くちごもる

唄う辻占が今の身に当たって恥ずかしい」と、あとを言いさして口ごもる。

ハテ是非ぜひに及およばぬ、夫程それほどまでに思おもひ詰つめたそなたの心こゝろ、可愛かはいや腹はらの忰せがれまで、此儘このまゝ殺ころすも世よの成行なりゆき、不愍ふびんの者ものの心こゝろやなア

はて、是非もない。それほどまでに思い詰めたそなたの心。かわいそうに、腹の子まで、このまま殺すのも世のなりゆき。不憫な者の心よなあ。

深ふかき心こゝろを白玉しらたまの、露つゆの命いのちを我われ故ゆゑに〔合〕思おもへば便びんなき心こゝろやと〔合〕手てを取とりかはし歎なげきしが、せめて義理ぎりある親達おやたちや、生うみの親おやへも他処よそながら〔合〕今宵こよひ限かぎりの暇乞いとまごひ〔合〕不孝ふかうの罪つみは幾重いくへにも、お許ゆるしあれと諸共もろともに、川辺かはべに暫しばし泣なき居ゐたる

深い心を知らず、白玉のような露の命をわたしゆえに捨てるとは、思えばふびんな心よと、手を取り交わして嘆いたが、せめて義理ある養い親たちや、生みの親へも、よそながら今宵限りの暇乞い。不孝の罪は幾重にもお許しくださいと、二人いっしょに、川辺でしばらく泣いていた。

不思議ふしぎや流ながれに漂たゞよふ髑髏どくろ、助すけが魂魄こんぱく錆さびつく鎌かま、夫それと見みるより与右衛門よゑもんが、心こゝろに覚おぼえありありと、しるしの鎌かまを引抜ひきぬけば、ハツト累かさねが美うるはしき、顔かほも忽たちまち悪女あくぢよの相好さうがう、是これも報むくいか浅あさましやと、立退たちのく裳裾もすそにとりついて

不思議なことに、流れに漂う髑髏。助の魂魄のこもる、錆びついた鎌が刺さっている。それと見るなり与右衛門は、心に覚えがありありと、しるしの鎌を引き抜くと、はっと累の美しい顔もたちまち醜い相に変わった。これも報いか、あさましいと立ち退こうとする与右衛門の裾に、累は取りついて、

それそのやうに他処よそ外ほかに、深ふかい楽たのしみあればこそ、私わたしをだまして胴欲どうよくな〔合〕

「それ、そのようによそほかに深い楽しみがあればこそ、わたしをだまして、むごいこと。

若もしやにかゝる恋こひの欲よく、兎角とかく浮世うきよが儘まゝにもならば

もしやと望みをかける恋の欲。とかく浮世が思いのままになるならば、

帯おびのやの字じを前垂まへだれに、針はり打うちやめておとしばら〔合〕

帯をやの字に結んで前垂れを掛け、針打ちやめておとしばら、

駒下駄こまげたはいて歩あるいたら、誠まことに誠まことに〔合〕嬉うれしかろ〔合〕

駒下駄をはいて歩いたら、ほんにほんに嬉しかろう。

ならぬ先さき迄まで思おもふのも、今更いまさら身みで身みが恥はづかしい、むごいわいのと取付とりついて、変かはる姿すがたを露つゆ知しらず、色いろを含ふくみしとりなりは、哀あはれにも又またいぢらしや

かないもしない先まで思うのも、今さらわが身ながら恥ずかしい。むごいわいの」と取りすがる。変わり果てた姿を露ほども知らず、色めいた身のこなしは、哀れにもまたいじらしい。

道理だうり道理だうり死しぬると言いふは皆みな詐いつはり、国くにへ帰参きさんの此この与右衛門よゑもん、足手あしてまとひと思おもへども、そなたを連つれてこれより直すぐに

もっとも、もっとも。死ぬというのはみな偽り。国へ帰参するこの与右衛門、足手まといとは思うが、そなたを連れてこれからすぐに——

そんなら一所いつしよに

そんなら、いっしょに。

サアおじや

さあ、おいで。

いそいそ先さきへ忽たちまちに、邪慳じやけんの刃やいば血汐ちしほの紅葉もみぢ、龍田たつたの川かはの瀬せと変かはる、男をとこの裾すそにしがみつき

いそいそと先へ立つ累に、たちまち邪険の刃。血潮は紅葉のように、龍田川の瀬と変わる。累は男の裾にしがみつき、

コリヤ私わたしを誑たらして

これ、わたしをだまして。

オヽ殺ころすのだ、仔細しさいと言いふは是これを見みよと鏡かゞみに写うつせば

おお、殺すのだ。わけはこれを見よと、鏡に映してみせれば、

エヽヤヽヽヽコリヤマア如何どうして此このやうに、私わたしの顔かほが変かはりしはエヽ口惜くちをしい

ええ、やややや、これはまあ、どうしてこのように、わたしの顔が変わったのか。ええ、口惜しい。

コリヤ累かさね、因果いんぐわの道理だうりをよつく聞きけ、汝なんぢが為ためには実じつの親おや、菊きくが夫をつとの助すけを殺ころした其その報むくい、廻めぐり廻めぐりて其その顔かほの、変かはり果はてたは前世ぜんせの約束やくそく、此この与右衛門よゑもんは親おやの敵かたき、これも因果いんぐわとあきらめて

これ累、因果の道理をよく聞け。そなたにとっては実の親、菊の夫の助を殺したその報いが、めぐりめぐって、その顔の変わり果てたのは前世の約束。この与右衛門は親の敵。これも因果とあきらめて、

成仏じやうぶつせよと無二むに無三むさん、打うつてかゝれば身みをかはし

成仏せよと無二無三に斬ってかかれば、累は身をかわし、

のふ情なさけなや恨うらめしや〔合〕身みは煩悩ぼんなうの絆きづなにて〔合〕恋路こひぢに迷まよひ親おやへの仇あだなる人ひとと知しらずして、悋気りんき嫉妬しつとの口説言くどきごと、我われと我わが身みに惚ほれ過すぎし〔合〕心こゝろのうちの面おもなや〔合〕辛つらき心こゝろは先さきの世よの、如何いかなる恨うらみかいまはしと〔合〕

のう、情けない、恨めしい。この身は煩悩の絆に縛られ、恋路に迷って、親の仇である人とも知らずに、悋気嫉妬の口説きごと。われとわが身に惚れすぎた心のうちの恥ずかしさ。この辛い心は、前の世のどんな恨みか、忌まわしいと、

口説くどいつ泣ないつ身みを掻かきむしり、人ひとの報むくいのあるものか〔合〕なきものか、思おもひ知しれやとすつくと立たち〔合〕振乱ふりみだしたる黒髪くろかみは此世このよからなる鬼女きぢよのありさま〔合〕

かき口説いては泣き、身をかきむしり、人の報いがあるものかないものか、思い知れとすっくと立つ。振り乱した黒髪は、この世ながらの鬼女のありさま。

つかみかゝれば与右衛門よゑもんも、鎌かま取直とりなほして〔合〕土橋どばしの上うへ〔合〕襟髪えりがみつかんで一ひとト抉ゑぐり〔合〕情なさけ用捨ようしやも夏なつの霜しも、消きゆる姿すがたの八重撫子やへなでしこ〔合〕これや累かさねの名ななるべし、後のちに伝つたへし物語ものがたり、恐おそろしかりける次第しだいなり

つかみかかれば、与右衛門も鎌を取り直し、土橋の上で襟髪をつかんでひと抉り。情けも容赦もなく、夏の霜のように消える姿は八重撫子——八重とは重ね、これぞ累の名であろう。のちに伝わる物語の、恐ろしい次第である。

詞章は声曲文芸研究会『声曲文芸叢書』第三編 清元集(明治四十二年)の校訂本文(著作権消滅)による。繰り返し記号は読みやすく展開し、合方の指示は省いた。繰り返し記号は直前の語句を繰り返すものとして展開したが、どこまでを一語と見るかはこちらの判断による。

原典の題は「累」で、本名題を『色彩間刈豆』とし、目次に括弧書きで「累与右衛門」とある。原典に「松井幸三述」とある。本名題の用字は原典のまま「刈豆」とした。

原典の長い行は、読みやすさのため段に分けた(字句は同じ)。最後の「口説いつ泣いつ」の行を二段にした。

台詞の話し手は原典に記されていない。四・六・十四・二十二・二十四・二十七・二十九段目を与右衛門、五・七〜十三・十七〜二十一・二十三・二十六・二十八段目を累の詞(地の文を交える)と見て訳した。

一段目「末の露、元の雫や世の中の、遅れ先立つ」は、遍昭の歌「末の露本の雫や世の中の後れ先立つためしなるらむ」による。

十段目の「成田屋」は市川團十郎の屋号。十二段目は入れぼくろを唄う騒ぎ歌で、「五月六月」は身ごもった月数を掛けたものと見た(十四段目の「腹の忰」による)。

二十九段目によれば、与右衛門は累の実の父・助(累の母・菊の夫)を殺した者で、十六段目の髑髏と鎌はその助のもの。三十三段目の「八重撫子」は、八重に「累(かさね)」を掛け、六段目の「撫子の茶入」とも響き合う。

人名「祐念」は読みが確かめられないので、ふりがなを付けていない。

語義を定めがたい箇所は原典のまま残した。「別ちしどけも夏紅葉」、「男に丁度青日傘、骨になるとも」(日傘の骨を掛けたと見た)、「針打やめておとしばら」、「いまはし」。「此様に」は読みが確かめられないので、ふりがなを付けていない。

繰り返し記号は、直前の語句を繰り返すものとして展開した(やう/\、入墨子/\、あり/\、誠に/\、道理/\、いそ/\、廻り/\)。

原典の用字「入墨子」(入黒子)、「死あう」、「悪女」(醜い女の意)はそのまま残した。

流儀・稽古本によって仮名遣いや字句に異同があるため、演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。