紅葉売もみぢうり
作詞者・作曲者・初演年不詳 荻江節

紅葉の枝を売り歩く物売りに寄せた曲。里の子らの踏み分ける山道から、高砂の尾上の松に長寿を言祝ぎ、冬枯れの山里の花尽くし、竜田の時雨と運んで、「お土産に楓を召されよ」と言葉に花を添えて売り納める。
あらすじ
里の子供が連れ立って野道山道を踏み分けてゆく。娘盛りは色盛りというその盛りの枝を、紅葉売りが売りに来る。松に問いかける浦風、落葉衣の袖を添えて木蔭の塵を囲う。ところは高砂、尾上の松も年古りて、その下蔭の落葉を掻くまでに命長らえ、なおいつまで生きの松——久しい名所であることよ。紅葉もさまざまあるが、わたしが折ったのは花紅葉。色と情の二た道すがら、初恋も、のちは互いの思い川、深くなるほど浮名も高い。起請誓紙を書き紅葉、末は夫婦と出雲の神に縁を祈って、紅葉を見に行く通天の。面白や、山里を見れば冬枯れに錦を染め出し、枝に絡む蔦葛、照り葉と落葉のなかに色の変わらぬ松と竹。山茶花は花盛り、水仙、寒菊、早咲きの梅が枝。袖に降りかかる時雨、竜田の川波に濡れて紅葉の色も流れて果てしがない。花の香を見よと我も我もと花を挿頭にして、入り来る入り来る、舞台は人の山また山。四季折々の花尽くし——お土産に楓を召されよと、言葉にも花を飾って売り歩く紅葉売りであった。
詞章と現代語訳
里の子供がうち連れ立ちて、野道山道踏み分けて、娘盛りや色盛りとて、紅葉売り来るよい川紅葉
里の子供が連れ立って、野道山道を踏み分けてゆく。娘盛りは色盛りというが——その盛りの枝を紅葉売りが売りに来る。よい川紅葉よ。
松に言問ふ浦風の、落葉衣の袖添へて木蔭の
松に問いかける浦風の——その落葉衣の袖を添えて、木蔭の。
塵を囲ふよ塵を囲ふよ、所は高砂の尾上の松も年古りて、この下蔭を落葉掻くなるまで命長らへて、なほいつまでか生きの松、それも久しき名所かな
塵を囲うよ、塵を囲うよ。ところは高砂、尾上の松も年古りて——その木の下蔭の落葉を掻くまでに命長らえ、なおいつまで生きの松であろう。それもまた久しい名所であることよ。
紅葉紅葉もさまざまあれど、わたしが折りし花紅葉、色と情のふた道すがら、通ふや潮の紅葉するかを、初恋と後は互ひの思ひ川、深うなるほど浮名も高を
紅葉もさまざまあるけれど、わたしが折ったのは花紅葉。色と情の二た道すがら、通うのは潮の満ち引きのように色づいてゆく心か。初恋も、のちは互いの思い川——深くなるほど浮名も高くなって。
恨みつらみの墨咎なふも、ああ儘の紅葉の恥かしながら、まづ起請誓紙を書き紅葉、末は夫婦のせうとうじ、出雲で縁を結ぶの神様を祈るかい案じ紅葉見に行く通天の
恨みつらみを書いた墨も咎めだてしないで。ああ、儘ならぬ紅葉のように恥ずかしながら、まずは起請誓紙を書き——書き紅葉。末は夫婦の「せうとうじ」、出雲で縁を結ぶ神様を祈る甲斐もあれと、案じながらも紅葉を見に行く、通天の——。
面白や、あれ山里を見れば、冬枯れに色を染め出す錦や、枝に絡みし蔦葛、照り葉落葉のその中に、色は変らぬ松と竹
面白いことよ。あれ、山里を見れば、冬枯れのなかに色を染め出す錦のような紅葉。枝に絡む蔦葛、照り葉と落葉のその中に、色の変わらぬ松と竹。
山茶花の花盛り眺めひとしほの、水仙寒菊早咲きの、色も香もある梅が枝や
山茶花は花盛りで眺めもひとしお。水仙、寒菊、そして早咲きの、色も香もある梅が枝よ。
袖に降り来る時雨、竜田の川波に濡れて紅葉の色も流れの果てしなや
袖に降りかかる時雨。竜田の川波に濡れて、紅葉の色も流れて——その果てしのないことよ。
何を恨みにこのたるだいて契りの薄氷、なかなか恋は渡らじと思ひ回せば、実に恋はつらい身にしも嬉しさの
何を恨みに——「このたるだいて」、契りは薄氷。なかなか恋の川は渡るまいと思いめぐらせば、まことに恋はつらいもの。そのつらい身にも、なお嬉しさのあることよ。
花の香を見や我も我もと花を飾りて
花の香を見よ、と我も我もと花を挿頭にして。
入り来る入り来る入ります入ります三枡どころか
入り来る、入り来る。入ります、入ります。三枡どころか——。
舞台は人の山々や
舞台は人の山、また山であることよ。
四季折々の花尽くし、お土産に楓召されよと言葉に花を飾るも紅葉売り
四季折々の花尽くし。「お土産に楓を召されよ」と、言葉にも花を添えて売り歩く——それもまた紅葉売りであった。
詞章は『徳川文芸類聚』第十 俗曲下 所収『荻江節正本』の本文(著作権消滅)により、繰り返し記号は読みやすく展開し、合方〔合〕の指示は省いた。
原典は総かな書きのため、読みやすさを考えて漢字を当てた箇所が多い。長い一続きの本文は、読みやすさのため〔合〕の切れ目で段を分けた。
「高砂の尾上の松」は謡曲『高砂』の相生の松。ここは長寿を言祝ぐ。「生きの松」は「息長し」に、筑前の名所「生の松原」を掛ける。
「通天」は東福寺の通天橋。紅葉の名所として知られる。
「出雲で縁を結ぶの神様」は出雲大社。神無月に神々が集まって縁を結ぶという俗信による。
「三枡」は市川家の紋。ここは芝居の口上めいた囃しことば。
「せうとうじ」「このたるだいて」は語義が定かでないため原典のままとした。「祈るかい案じ」の切り方にも別の読み方がありうる。
作詞者・作曲者・初演年は原典に記載がない。流儀・稽古本によって仮名遣いや字句にも異同があるため、演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。