玉屋たまや
清元 変化物としての題『おどけ俄煮珠取』 作詞者・作曲者・初演年不詳

しゃぼん玉売りの門付けを主人公にした、おどけ味の一曲。「さあさあ寄ったり見たり吹いたり評判の、玉や玉や」と呼び声で起こし、鉄砲玉とは事変わり当たって怪我のないお土産、と口上を並べる。眼目は玉尽くし——木霊、肝玉、算盤玉、数珠の玉、性根玉と言い継いで、「とまる序でに」から童唄の「蝶々とまれ」へ移る。後半は玉屋の身の上で、廓の華魁に岡惚れして辻行灯の蔭で立ち明かし、昼の稼ぎも上の空。吹けば飛ぶような玉屋でも、お屋敷の窓下で犬に躓いて「おや馬鹿らしい」。口説きついでのおどけ節(伊豆と相模は……六十六部の落ちる俗謡)をはさみ、結びは祭礼の花車と木遣り、江戸の恵みぞありがたき、と納める。軽く明るい曲で、賑やかな席に向く。
あらすじ
さあさあ、寄ったり見たり吹いたり、評判の玉や、玉や。商う品は八百八町、毎日日々のお手遊び。子供衆寄せて辻々で、お目に掛け値のない代物を、お求めなされと、たどり来る。今度仕出しじゃなけれども、お子様がたのお弄び。ご存じ知られた玉薬、鉄砲玉とは事変わり、当たって怪我のないお土産で。曲はさまざま、大玉、小玉、吹き分けは、その日その日の風次第。まず玉尽くしで言おうなら——たまたま来れば人の客、なぞと知らせは口真似の木霊も、いつか呼子鳥。たつきも知らぬ肝玉も、締まる時には算盤玉の、堅い親爺に輪をかけて、若いうちから数珠の玉。おっと、とまった性根玉。しゃんとそこらでとまらんせ。とまる序でに、わざくれの、蝶々とまれをやってくりょ。蝶々とまれや、菜の葉にとまれ。菜の葉いやなら、葭の先へとまれ。それ、とまった。葭がいやなら木にとまれ。つい染めやすき廓の水。「もし、華魁へ、もし、華魁へ」と、言うたばかりで跡先は、恋の暗闇、辻行灯の蔭で一夜は立ち明かし。格子のもとへも幾度か、あしらわれるのは初めから心で承知しながらも、もしやと思う虚仮未練。昼の稼ぎも上の空、鼻の先なる頬冠り。吹けば飛ぶような玉屋でも、お屋敷さんのお窓下、犬に蹴躓いて、おや、馬鹿らしい。口説きついでにおどけ節。伊豆と相模はいよ、国向かい。橋を架きょや、やれ、船橋を。橋の上なる六十六部が落っこちた。笈は流るる、錫杖は沈む。中の仏が甕泳ぎ。坊さん忍ぶは闇がよい、月夜には頭がふらりしゃらりと。のばさ、頭がぶらりしゃらりと。こちゃ、かまやせぬ。衣の袖の綻びも、かまやせぬ。折も賑わう祭礼の、花車の木遣も風につれ。えんやれよう。いともかしこき御代に住む、江戸の恵みぞありがたき、ありがたき。
詞章と現代語訳
さあさあ寄つたり見たり〔合〕吹いたり評判の、玉や玉や、商ふ品は〔合〕八百八町〔合〕毎日ひにちお手遊び、子供衆寄せて辻々で〔合〕お目に懸値のない代物を、お求めなされと〔合〕たどり来る
さあさあ、寄ったり見たり吹いたり、評判の玉や、玉や。商う品は八百八町、毎日日々のお手遊び。子供衆寄せて辻々で、お目に掛け値のない代物を、お求めなされと、たどり来る。
今度仕出しぢやなけれども、お子様がたのお弄み、御存知しられた玉薬、鉄砲玉とは事替り〔合〕当つて怪我のないお土産で〔合〕曲はさまざま大玉〔合〕小玉吹分けは、その日その日の風次第、まづ玉尽しで言はうなら
今度仕出しじゃなけれども、お子様がたのお弄び。ご存じ知られた玉薬、鉄砲玉とは事変わり、当たって怪我のないお土産で。曲はさまざま、大玉、小玉、吹き分けは、その日その日の風次第。まず玉尽くしで言おうなら——
たまたま来れば人の客、なぞと知らせは口真似の〔合〕こだまもいつか呼子鳥〔合〕たつきも知らぬ〔合〕肝玉も〔合〕しまる時には十露盤玉の〔合〕堅い親爺に輪をかけて、若い内から数珠の玉、オツトとまつた性根玉、しやんと其処等で〔合〕とまらんせ、とまるつひでにわざくれの、蝶々とまれをやつてくりよ
たまたま来れば人の客、なぞと知らせは口真似の木霊も、いつか呼子鳥。たつきも知らぬ肝玉も、締まる時には算盤玉の、堅い親爺に輪をかけて、若いうちから数珠の玉。おっと、とまった性根玉。しゃんとそこらでとまらんせ。とまる序でに、わざくれの、蝶々とまれをやってくりょ。
『蝶々とまれや〔合〕菜の葉にとまれ〔合〕菜の葉いやなら〔合〕葭の先へとまれ〔合〕それとまつた葭がいやなら〔合〕木に〔合〕とまれ
蝶々とまれや、菜の葉にとまれ。菜の葉いやなら、葭の先へとまれ。それ、とまった。葭がいやなら木にとまれ。
つい染め易き廓の水
つい染めやすき廓の水。
もし華魁へ〔合〕もし華魁へと、言つたばかりで跡先は〔合〕恋の暗闇辻行灯の、蔭で一ト夜は〔合〕立明し
「もし、華魁へ、もし、華魁へ」と、言うたばかりで跡先は、恋の暗闇、辻行灯の蔭で一夜は立ち明かし。
格子のもとへも幾度か、遊れるのは始めから
格子のもとへも幾度か、あしらわれるのは初めから——
心で承知しながらも、若しやと思ふ〔合〕こけ未練、昼のかせぎも〔合〕上の空〔合〕鼻の先なる頬冠り
心で承知しながらも、もしやと思う虚仮未練。昼の稼ぎも上の空、鼻の先なる頬冠り。
吹けば飛ぶよな玉屋でも、お屋敷さんのお窓下、犬に〔合〕蹴爪づいて〔合〕オヤ馬鹿らしい
吹けば飛ぶような玉屋でも、お屋敷さんのお窓下、犬に蹴躓いて、おや、馬鹿らしい。
口説きついでにおどけ節〔合〕
口説きついでにおどけ節。
伊豆と相模はいよ国向ひ〔合〕橋を懸きよやれ船橋を〔合〕橋の上なる六十六部が落こちた〔合〕笈は流るゝ錫杖は沈む〔合〕なかの仏がかめ泳ぎ〔合〕坊さん忍ぶは闇がよい〔合〕月夜には頭がふらりしやらりと〔合〕のばサ頭がぶらりしやらりと、こちやかまやせぬ、衣の袖の綻びも〔合〕かまやせぬ
伊豆と相模はいよ、国向かい。橋を架きょや、やれ、船橋を。橋の上なる六十六部が落っこちた。笈は流るる、錫杖は沈む。中の仏が甕泳ぎ。坊さん忍ぶは闇がよい、月夜には頭がふらりしゃらりと。のばさ、頭がぶらりしゃらりと。こちゃ、かまやせぬ。衣の袖の綻びも、かまやせぬ。
折も賑ふ祭礼の、花車の木遣も風につれ
折も賑わう祭礼の、花車の木遣も風につれ。
エンヤレヨ〔合〕いともかしこき御代に住む、江戸の恵ぞ有難き有難き
えんやれよう。いともかしこき御代に住む、江戸の恵みぞありがたき、ありがたき。
詞章は声曲文芸研究会『声曲文芸叢書』第三編 清元集(明治四十二年)の校訂本文(著作権消滅)による。繰り返し記号は読みやすく展開し、合方の指示は省いた。繰り返し記号はいずれも直前の語句を繰り返すものとして展開したが、どこまでを一語と見るかはこちらの判断による。「もし華魁へ」の繰り返しは、あいだに合方の指示をはさんで記されているので、その語句をもう一度繰り返すものと読んだ。
変化物としての題は『おどけ俄煮珠取』(おどけにわかしやぼんのたまとり。目次は『おどけ俄真珠取』)。作詞者・作曲者・初演年は原典に記載がない。
「玉屋」はしゃぼん玉を売り歩いた門付けの商人。葭の管でしゃぼん玉を吹いて見せ、子どもを集めて売った。「玉薬」は鉄砲の火薬で、鉄砲玉との言い掛けである。
中ほどは玉尽くし。木霊・肝玉・算盤玉・数珠の玉・性根玉と言い継ぎ、「とまった」から童唄の「蝶々とまれや菜の葉にとまれ」へ移る。しゃぼん玉を吹く葭の管と、蝶のとまる葭とを掛けている。
「六十六部」は六十六か国の霊場に法華経を納めて回る巡礼。「伊豆と相模は」以下は当時の俗謡をそのまま取り込んだもの。
当ライブラリの門付け・物売りの曲は、淡島(淡島願人)・角兵衛(越後獅子)・鳥羽絵・めんかぶりに続くもので、清元でははじめてである。
語義の定めがたい語は推測で埋めず原典のまま残した。「たつきも知らぬ」(拠りどころも知らぬの意か)、「わざくれの」、「のばサ」(囃子詞)、「かめ泳ぎ」(甕のように沈み浮きする泳ぎ方か)。「遊れる」はあしらわれるの意と解した。
流儀・稽古本によって仮名遣いや字句に異同があるため、演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。