玉兎たまうさぎ
清元 本名題『玉兎月影勝』 変化物としての題『月雪花名残文台』 桜田治助 作 作曲者・初演年不詳

月の兎が餅を搗く趣向から起こし、後半は「かちかち山」の物語をそのまま演じてみせる、おどけ味の一曲。白居易の詩に詠まれた三五夜中の新月をいい、「中にもち搗く玉兎、餅じゃござらぬ望月の」と地口で始まる。二上りは臼と杵は夫婦でござる、と餅搗きの掛け合い。中ほどの「昔々やつがれが手柄を」からがかちかち山で、狸の腹鼓、背負った柴に火打ちでかっちかち、火傷の薬に唐辛子、泥の舟でぶくぶくと、兎が仇を討つ顛末を早口に語る。結びは「お月様さえ嫁入りやなさる」の童唄をはさんで、風に千草の花、兎、風情ありける月見かな、と納める。秋の月の席に向く、明るく愛らしい曲。
あらすじ
げに楽天が唐歌に連ねし秋の、名にし負う三五夜中の新月の、中に餅搗く玉兎。餅じゃござらぬ、望月の、月の影勝。飛び団子、やれもそうや、やれやれ、さてな。臼と杵とは夫婦でござる。やれ、かさかさ。夜がな夜一夜、おお、やれ。とんとんが上から、月夜にそこだぞ。やれ、こりゃよい、この団子ができたぞ、おお、やれ。やれ、さて。あれはさて。これはさて。どっこいさてな。よいと、よいと、よいと、よいと、よいとなとな。これはさのよい。これはさておき。昔々、やつがれが手柄を——夕べの添え乳にも憚ることじゃが、その仇。打つや、ぽんぽらぽんと腹鼓。狸の近所へ柴刈りに、きゃつめも背負うたら大束を。えっちり、えっちり、えじかり股。しゃ、ござんなれ、こここそと、後ろから火打ちでかっちかち。かちかち。かちかちのお山という内に、あつつ、あつつ。そこで火傷のお薬と、唐辛子なんぞで思い知らして、今度は猪牙舟がってんだ。心得、狸に土の舟。面舵、取り舵、ぎっちらこ。浮いた波とよ、山谷の小舟。焦がれ焦がれて通わんせ。こいつは面白、俺様としゃれる。舌よりぶくぶくぶく、のうのう、これはも泣きっ面。よい気味しゃんと、敵討ち。それで一期栄えた手柄話に、のりが来て。お月様さえ嫁入りやなさる。やっと来なさろ、せとこせい、せとこせい。年はおいくつ、十三七つ。ほんにさあ、お若い。あの子を生んで。やっと来なさろ、せとこせい、せとこせい。誰に抱かせましょうぞ、おまんに抱かしょ。見てもうまそうな品ものめ。しどもなや。風に千草の花、兎。風情ありける月見かな。
詞章と現代語訳
「実に楽天がからうたにつらねしあきの名にしおふ〔合〕三五夜中新月の〔合〕中にもちつく玉兎もちじやござらぬもち月の月のかげかつ
げに楽天が唐歌に連ねし秋の、名にし負う三五夜中の新月の、中に餅搗く玉兎。餅じゃござらぬ、望月の、月の影勝。
「とびだんごやれもさうややれやれさてな〔合〕
飛び団子、やれもそうや、やれやれ、さてな。
「臼と〔合〕杵とは〔合〕女夫でござる〔合〕
臼と杵とは夫婦でござる。
「やれかさかさ〔合〕
やれ、かさかさ。
「よがな〔合〕よ一夜おゝやれ〔合〕
夜がな夜一夜、おお、やれ。
「とゝんが上から月夜にそこだぞ〔合〕
とんとんが上から、月夜にそこだぞ。
「ヤレこりやよいこの団子ができたぞおゝやれ〔合〕
やれ、こりゃよい、この団子ができたぞ、おお、やれ。
「やれさて
やれ、さて。
「あれはさて
あれはさて。
「これはさて〔合〕
これはさて。
「どつこいさてな
どっこいさてな。
「よいとよいとよいとよいとよいとなとな
よいと、よいと、よいと、よいと、よいとなとな。
「これはさのよい
これはさのよい。
「これはさておき
これはさておき。
「むかしむかしやつがれが手がらをゆふべのそへぢにもはゞくたぢゝやがそのかたき〔合〕うつやぽんぽらぽんと〔合〕はらづゝみ〔合〕狸のきんじよへ柴刈に〔合〕きやつめもせたら大束を〔合〕ゑつちりゑつちり〔合〕ゑぢかりまた〔合〕シヤござんなれこゝこそと〔合〕あとから火打でかつちかち〔合〕かちかち〔合〕かちかちのお山といふ内にアツヽ〔合〕アツヽそこでやけどのおくすりととがらしなんぞでみしらしてこんどはちよき船がつてんだ〔合〕心得狸に土の船〔合〕おもかぢとりかぢ〔合〕ぎつちらこ〔合〕
昔々、やつがれが手柄を——夕べの添え乳にも憚ることじゃが、その仇。打つや、ぽんぽらぽんと腹鼓。狸の近所へ柴刈りに、きゃつめも背負うたら大束を。えっちり、えっちり、えじかり股。しゃ、ござんなれ、こここそと、後ろから火打ちでかっちかち。かちかち。かちかちのお山という内に、あつつ、あつつ。そこで火傷のお薬と、唐辛子なんぞで思い知らして、今度は猪牙舟がってんだ。心得、狸に土の舟。面舵、取り舵、ぎっちらこ。
「ういたなみとよ〔合〕山谷の小船〔合〕こがれこがれてかよはんせ
浮いた波とよ、山谷の小舟。焦がれ焦がれて通わんせ。
「こいつはおもしろおれさまとしやれるしたよりぶくぶくぶくのうのうこれはも泣つ面〔合〕よいきみしやんとかたきうちそれでいちごさかえた手柄ばなしにのりがきて
こいつは面白、俺様としゃれる。舌よりぶくぶくぶく、のうのう、これはも泣きっ面。よい気味しゃんと、敵討ち。それで一期栄えた手柄話に、のりが来て。
「お月様さへ嫁入よなさる
お月様さえ嫁入りやなさる。
「ヤトきなさろせとこせいせとこせい
やっと来なさろ、せとこせい、せとこせい。
「としはおいくつ十三七ツ〔合〕ほんにサアお若いあの子を生んで
年はおいくつ、十三七つ。ほんにさあ、お若い。あの子を生んで。
「ヤト来なさろせとこせいせとこせい
やっと来なさろ、せとこせい、せとこせい。
「だれにだかせませうぞおまんにだかしよ〔合〕見てもうまそなしなものめ〔合〕しどもなや
誰に抱かせましょうぞ、おまんに抱かしょ。見てもうまそうな品ものめ。しどもなや。
風にちぐさの花兎ふぜいありける月見かな。
風に千草の花、兎。風情ありける月見かな。
この曲は詞章の出典が他の清元と異なる。国書刊行会『徳川文芸類聚』第九 俗曲上所収『柏葉集』の本文(著作権消滅)による。繰り返し記号は読みやすく展開し、合方の指示は省いた。繰り返し記号はいずれも直前の語句を繰り返すものとして展開したが、どこまでを一語と見るかはこちらの判断による。
本名題は『玉兎月影勝』(たまうさぎつきのかげかつ)。変化物としての題は『月雪花名残文台』(つきゆきはななごりのぶんだい)。桜田治助 作。作曲者・初演年は原典に記載がない。
冒頭の「楽天が唐歌」「三五夜中の新月」は白居易の詩「三五夜中新月色、二千里外故人心」による。「玉兎」は月の兎の異名。「餅じゃござらぬ望月の」は餅と望月を掛けた地口である。
中ほどの「昔々やつがれが手柄を」以下は昔話「かちかち山」。柴を背負った狸に兎が火打ちで火をつけ、火傷に唐辛子の薬を塗り、泥の舟で沈める、という筋をそのまま早口に語る。「かちかちのお山」はその名の由来を掛けたもの。
「お月様さえ嫁入りやなさる」「年はおいくつ、十三七つ」は童唄をそのまま取り込んだもの。
当ライブラリの兎の絵はこの曲がはじめて。月の曲は多いが、この曲は月そのものより月の兎の趣向が眼目である。
語義の定めがたい語は推測で埋めず原典のまま残した。「ゆふべのそへぢにもはゞくたぢゝやが」(切り方が定めがたい)、「ゑぢかりまた」、「とゝんが上から」、「のりがきて」、「しどもなや」(囃子詞)、「せとこせい」(囃子詞)。「もせたら」は背負ったらの意と解した。
流儀・稽古本によって仮名遣いや字句に異同があるため、演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。