淡島あはしま
作詞者・作曲者・初演年不詳

紀州加太の淡島明神の縁起を、廓のことばでまるごと言い替えた戯れの一曲。淡島明神の像を背負い、鈴を振って門付けして歩いた「淡島願人」の祭文口上の体で、初会・裏・三会目の廓の習い、手練手管、山谷船と、縁起のことばと廓のことばを掛け合わせてゆく。神仏の由来を洒落のめす、座敷の戯れ唄である。
あらすじ
夕べごとの品定め。おそろいのお仕着せ小袖で着連れる女郎衆を、秋空を連れ立って渡る雁に見立てて唄い出す。廓の籬のもとに鈴を振るのは、加太の淡島の願人坊主。振られ振られて逢えない恋も、願えばいつかは「逢わせん」——淡島せん、とのご請願。女郎衆の強い張りも、針供養の折れ針さながら、ついうち解けて仲を結ぶ。さてそのご縁起はと語り出せば、大尽の初会にはまって裏約束、三会目には姫宮となられ、ご本地は手練の女郎。『一代男』を守り本尊に、腰より下が地につかず、とんとはまるのが浮世川、うつぼ舟やら山谷船。意見も耳に残る睦言の前には託言となり、金をば水の泡——淡島と使わせん、とのご請願。天上界のひと廓、手練手管の御神体と、敬って申すと戯れる。君は春咲く梅の花、薫りゆかしい閨の戸に、はて恋じゃもの。小六節の竹の杖は、元は尺八、中は笛、末は女郎衆の鹿の毛の筆と竹尽くし。おのが名ばかりを泡沫の淡島なりと戯れて、人々は興に入相の鐘——ならぬ金儲けの月の暮れ、楽しいことであったという次第。
詞章と現代語訳
夕べ夕べの品定め、仕着小袖の一様に、着連てつれて、つれてさわたる雁がねの、空さへ秋の定めなき、浮世を渡る其の中に
夕べごとの品定め。おそろいのお仕着せ小袖に着連れて、連れて——連れ立って空を渡る雁がね。その空さえ秋は定めがない。定めない浮世を渡る、そのなかに。
かた淡島の修行者の、籬が許に鈴の音の、ふられふられて逢はれぬ恋も、願へばいつか淡島せんとの御請願、女郎衆の張の強いのも、つい折針やうち解て、仲を結ぶの
加太の淡島の修行者——願人坊主が、廓の籬のもとで振る鈴の音。振られ振られて逢えない恋も、願えばいつかは「逢わせん」、淡島せん、とのご請願。女郎衆の張りの強いのも、針供養の折れ針さながら、ついうち解けて、仲を結ぶの。
しめ括り、さる浮世袋の花形や、雛形並ぶ妹と背を、結の神とは是ならん
その仲の締めくくり。さる浮世袋の花形や、雛形のように並ぶ妹背の仲——結びの神とは、これのことであろう。
抑々紀州名草の郡、加田淡島大明神の、由来を精しく尋ね奉るの、せんしうな大尽の初会に嵌つて裏約束、第三会めの姫宮にて、張さへてれん女郎と申奉る、本地は即ち虚空むてんの御容色にて、艮の御方は一代男を守本尊と掛れて、腰より下が地につかず、とんとはまるが浮世川、うつを船やら山谷船、異見で何の山屋が豆腐の耳に残りし睦言かごと、言葉の綾の巻煎餅、御神楽太鼓の辛味噌は、味食ひしめて居続に、永い不埒の病となつても、金をば水の淡島と、遣はせんとの御請願、天上界の一と廓、手練手管のよこばんじん、敬つて申すと戯るゝ
そもそも紀州名草の郡、加太の淡島大明神のご由来を詳しく尋ねたてまつれば——「せんしうな」大尽の初会にはまって裏約束、第三会目には姫宮となられ、張りさえ手練の女郎と申したてまつる。ご本地はすなわち虚空「むてん」のご容色にて、艮の御方は『一代男』を守り本尊と掛けられて、腰より下が地につかず、とんとはまるのが浮世川。うつぼ舟やら山谷船。意見をされても何の、「山屋が豆腐」——耳に残った睦言の前には託言となる。言葉の綾の巻煎餅、お神楽太鼓の辛味噌は、味をかみしめて居続けに、長い不埒の病となっても、金をば水の泡——淡島と使わせん、とのご請願。天上界のひと廓、手練手管の「よこばんじん」と、敬って申す——と戯れる。
君は春咲く梅の花
君は春咲く梅の花。
薫ゆかしき閨の戸に
薫りもゆかしい閨の戸に。
ハテ恋ぢやもの、小六小ろく小ろくついたる竹の杖
はて、恋じゃもの。「小六、小ろく小ろく」——と突いた竹の杖。
元は尺八中は笛、末は女郎衆のヤツコリヤ夫恋ふ鹿の筆、おのが名のみをうたかたの淡島なりと戯れに、人々興に入相の、かねもうけの月の昏、楽しかりける次第なり
元は尺八、中ほどは笛、末は女郎衆の——やっこりゃ、夫恋う鹿の毛の筆。おのが名ばかりを泡沫の淡島なりと戯れて、人々は興に入る。入相の鐘ならぬ金儲けの月の暮れ、楽しいことであった、という次第。
詞章は声曲文芸研究会『声曲文芸叢書』第二編 長唄集(明治四十二年刊・著作権消滅)所収の校訂本文により、繰り返し記号は読みやすく展開し、合方の指示は省いた。冒頭の調弦の指定は段の頭に残した。
淡島明神は紀州加太(原典の用字は「加田」)に鎮座し、針供養と雛流し、婦人の守り神として信仰された。淡島願人は明神の小さな祠を背負い、鈴を振り、縁起を唱えて門付けした半僧半俗の物乞いで、この曲はその縁起語りを廓のことばで言い替えたもの。
掛詞が全編を貫く。「逢はせん」と「淡島せん」、針供養の「折れ針」と張りが「折れる」、「水の泡」と「淡島」、結びの「興に入る」「入相の鐘」と「金儲け」。「雛形」も淡島様の雛流しの縁である。
「うつを船」は、淡島明神がうつぼ舟で流されたという縁起に、吉原通いの山谷船を対にした地口。「初会」「裏」「第三会め」は、廓で客が馴染みになるまでの決まりごと。
「一代男」は西鶴の『好色一代男』。「夕べ夕べの品定め」は『源氏物語』の雨夜の品定めのもじりか。
「小六」は近世のはやり歌、小六節。竹の杖から「元は尺八、中は笛、末は筆」と続くのは竹尽くしの地口で、小六節の文句を踏まえる。
語義の定めがたい語は推測で埋めず原典のまま残した。「せんしうな大尽」「虚空むてんの御容色」「よこばんじん」「山屋が豆腐」「御神楽太鼓の辛味噌」「さる浮世袋の花形」。
作詞者・作曲者・初演年は原典に記載がない。流儀・稽古本によって仮名遣いや字句にも異同があるため、演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。