浜千どりはまちどり
荻江節 原典の題名の読み「はまちどりいくよのつき」 作詞者・作曲者・初演年不詳

暁の別れ——遠ざかる妻と子を思って泣き明かす嘆きを、説経がかりの節にのせ、渚の浜千鳥に託す哀切の小品。冒頭の「二つ文字、牛の角文字」は『徒然草』に見える「こひし」の判じ物による恋の言い回し。原典の題名にはふりがなで「はまちどりいくよのつき」とある。他の曲と異なり『徳川文芸類聚』所収の荻江節正本による。
あらすじ
「二つ文字、牛の角文字」——恋しの文字に明かした過ぎし夜、暁にかけた約束も、今ははや遠ざかる妻と子。別れを告げる鳥と、泣き明かす。親は空にて血の涙。あの「ふさざきの思い草」、「うやかいてい」の玉よばい——それを取り得ることは、定めなきこととやしよう。かくも胸のうちに堰き止められた、涙の淵瀬。焦がれ焦がれる海人小舟、櫂——その甲斐もない渚の波枕。妻を慕うのか、浜千鳥。
詞章と現代語訳
ふたつもじ、うしの角もじすぐるよの、あかつきかけしかねごとも、はやとをざかる妻と子の、別れのとりとなきあかす
「二つ文字、牛の角文字」——恋しの文字に明かした過ぎし夜、暁にかけた約束も、今ははや遠ざかる妻と子。別れを告げる鳥と、泣き明かす。
おやは空にてちのなみだ
親は空にて、血の涙。
かのふさざきのおもひぐさ、うやかいていの玉よばひ、とりゑんことは
あの「ふさざきの思い草」、「うやかいてい」の玉よばい——それを取り得ることは。
ふぢやうなりとやせん、かくやむねのうちせきとめられし涙のふちせ、こがれ
定めなきこととやしよう。かくも胸のうちに堰き止められた、涙の淵瀬。焦がれ。
こがるゝあまをぶね、かひもなぎさのなみまくら、妻をしたふやはま千鳥
焦がれ焦がれる海人小舟、櫂——その甲斐もない渚の波枕。妻を慕うのか、浜千鳥。
この曲は詞章の出典が他と異なる。『徳川文芸類聚』第十 俗曲下所収『荻江節正本』の本文(著作権消滅)により、章句の記号は原典のまま段の頭に残し、合方の指示は省いた。原典の題名にはふりがなで「はまちどりいくよのつき」とあり、本名題と見られるが、確かめられていない。
原典は総かな書きのため、読みやすさを考えて漢字を当てた。ふりがなが原典の仮名である。
「二つ文字、牛の角文字」は『徒然草』六十二段の「ふたつ文字牛の角文字すぐな文字ゆがみ文字とぞ君は覚ゆる」(こ・い・し・く)による、恋しの判じ物の言い回し。「かねごと」は兼言、かねて交わした約束。
「セツキヤウガカリ」(説経がかり)「ウタガカリ」「カン」は原典の節の記号。説経節の悲しい語り口を借りるところである。
「かひ」は舟の櫂と甲斐の掛詞。「波枕」は波の上の旅寝。妻を慕って鳴くという千鳥に、わが身を重ねて納める。
「かのふさざきのおもひぐさ」「うやかいていの玉よばひ」は、かな続きの切り方も含めて語義が定めがたく、推測で埋めず原典のまま残した。何かの物語の一節を踏まえるかと見られる。
作詞者・作曲者・初演年は原典に記載がない。流儀・稽古本によって仮名遣いや字句にも異同があるため、演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。