藤舎の紋 藤舎名玄TOSHA MEIGEN ― 詞章ライブラリーへ戻る
長唄

正次郎船弁慶しょうじろうふなべんけい

河竹黙阿弥 作詞  三世杵屋正次郎 作曲  明治十八年(一八八五)十一月 新富座初演  新歌舞伎十八番の内  題名『船弁慶』

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正次郎船弁慶 松羽目の静の舞
松羽目の静の舞

能「船弁慶」を長唄に移した松羽目物。九世市川團十郎が静・知盛の二役を勤めて初演した新歌舞伎十八番のひとつで、二世杵屋勝三郎作曲の勝三郎船弁慶とは別の曲。前半は大物の浦での静との別れと烏帽子の舞、なかに船頭の住吉尽くしの船唄をはさみ、後半は知盛の怨霊が長刀をふるって義経に迫るのを、弁慶が数珠を揉んで祈り退ける。

あらすじ

「今日思ひ立つ旅衣、帰洛をいつと定めん」の次第で始まる。武蔵坊弁慶が名乗り、兄頼朝と仲違いした義経が西国下向のため津の国大物の浦へ急ぐ由を述べる。文治の初め、鎌倉殿の疑いも晴れぬ時雨空、一行は大物の浦に着く。弁慶は土地の船長三保太夫に宿と船を頼み、静のお供は世間の聞こえもよろしくないと言上して、義経も心ならずも静を都へ帰すことに決める。使いに立った弁慶を、静ははじめ武蔵の計らいかと恨むが、君の御諚と知って御前に参り、義経から直々に、世に出るまたの時節を待てと諭される。門出の祝儀にと烏帽子を賜わって舞う静は、陶朱公の故事を引き、「唯頼めしめぢが原のさしも草」と行く末を祈り、涙のうちに取りすがる袖を引き分けて、見返り見返り立ち帰る。折から船の用意が整い、名残を惜しむ義経に弁慶は、渡辺福島の船出の昔を引いて乗船を促す。船頭二人は上天気を祝って住吉の神事尽くしの船唄をうたうが、見慣れぬ雲が出て風が変わり、一陣の魔風に高波が立つ。海上には西国で亡びた平家の公達一門が浮かび出で、桓武天皇九代の後胤平の知盛の幽霊が、長刀をふるって義経を海に沈めようと迫る。義経は少しも騒がず現の人に向かうように戦い、弁慶は中を押し隔てて、打物わざでは叶うまいと数珠をさらさらと押し揉み、五大明王に祈り祈って悪霊を退ける。怨霊はまた引き潮にゆられ流れて、あとは白波となったのであった。

詞章と現代語訳

〔次第〕

けふおも旅衣たびごろも、けふ思ひ立つ旅衣、帰洛きらくをいつとさだめん。

今日思い立って旅の衣に身を包む。今日思い立って旅の衣に身を包む。都へ帰る日を、いつと定めればよいのだろうか。

〔弁慶・名ノリ〕

かやうにさふらふものは、西塔さいたふかたはらすまひする、武蔵坊弁慶むさしばうべんけいにてさふらふ

これに控えます者は、比叡山西塔のほとりに住まいする武蔵坊弁慶でございます。

さてもきみ判官殿はうぐわんどのは、頼朝よりとも御代官おんだいくわんとして平家へいけ一門いちもんほろぼしたまひ、御兄弟ごきやうだい御中おんなか日月じつげつごと御座ござあるべきを、ひがひなきもの讒言ざんげんり、つひ御仲おんなかたがはれしこと、かへすがへすも口惜くちをしき次第しだいなり。

さて、わが君判官義経殿は、頼朝公の御代官として平家の一門を滅ぼされ、御兄弟の仲は日と月のごとくあるべきでしたのに、取るに足らぬ者の讒言によって、ついに御仲違いなされたことは、返すがえすも口惜しい次第です。

しかれどもきみは、親兄しんけいじやうおもんじたまひ、一先ひとまみやこをおひらきなされ、西国さいこくかた御下向ごげかうありて御身おんみあやまりなきことを御歎おんなげきあるべきため御乗船ごじようせんあらんとて、くにあまさき大物だいもつうらへといそさふらふ

しかしわが君は兄君への情を重んじられ、ひとまず都を退かれ、西国へ下向して身に誤りのないことを訴えられるおつもりで、御乗船なさろうと、津の国尼ヶ崎、大物の浦へと急がれるのです。

〔唄〕

ころ文治ぶんぢはじめつかた、鎌倉殿かまくらどのうたがひも、れぬ時雨しぐれ両催あまもよひ、そでさへおもみやこをばかたぶ御運ごうん落方おちかたの、つきもろともに西にしそら雲水うんすゐさだめなくうしほなみ打寄うちよする、大物だいもつうらきにけり。

頃は文治の初めのこと。鎌倉殿の疑いも晴れぬまま、時雨の空模様に袖も重く、都を落ちる御運は傾く月とともに西の空へ。身は行く雲、流れる水のように定めなく、潮も波も打ち寄せる大物の浦に着いたのであった。

〔弁慶〕

御急おんいそぎありしほどに、これくに大物だいもつうら御着おんちやくなり。

「お急ぎになりましたので、ここは早くも津の国大物の浦へご到着です。」

〔義経〕

弁慶べんけいには路次ろしあんじ、一足ひとあしきへおもむきしが、さぞひさしきことならん。

「弁慶には道中を案じて一足先に行かせたが、さぞ待ちくたびれたことであろう。」

〔弁慶〕

途中とちゆうしば休息きうそくなし、只今ただいまこれへまゐつてさふらふ

「途中でしばし休息をとり、ただいまこれへ参りましてございます。」

〔義盛〕

して弁慶殿べんけいどのには、このうらより、

「して弁慶殿には、この浦から、」

〔有経〕

きみ西国さいこく御下向ごげかうの、

「わが君が西国へ御下向なさる、」

〔景光〕

御船おんふねはいづれへおたのみありしか、

「御船はどちらへお頼みになったのか、」

〔弘経〕

御用意ごよういよろしくさふらふや。

「ご用意はよろしいのでございますか。」

〔弁慶〕

其儀そのぎはおあんじなさるゝな、それがしぞんぜしものあれば、それへ御船おんふねたのまうさん。

「その儀はご心配なさいますな。それがしに心当たりの者がありますので、そこへ御船を頼みましょう。」

〔義経〕

晩景ばんけいおよびたれば、弁慶べんけいはやはからひさふらへ。

「日も夕暮れに及んだゆえ、弁慶、早く取り計らってくれ。」

〔弁慶〕

心得こころえまうしてさふらふ

「心得ましてございます。」

〔唄〕

ところふる船長せんちやうの、軒端のきばまつをしるべにて。

この土地に古くから住む船長の、軒端の松を目じるしに。

〔弁慶〕

いかに、此家このやのうちへ案内あんないまうさふらふ

「いかに、この家のうちへご案内申す。」

〔船頭三保太夫〕

案内あんないとは、たれにてわたさふらふぞ。

「ご案内とは、どなたでございますか。」

〔弁慶〕

われらは武蔵むさしにてさふらふ

「われらは武蔵でござる。」

〔船頭三保太夫〕

いや、武蔵殿むさしどの御下向ごげかうにてさふらふか。

「いや、武蔵殿のお下りでございますか。」

〔弁慶〕

さんさふらふきみ西国さいこく御下向ごげかうにつき、これまで御供おんともまうしてさふらふ御宿おんやどまうされさふらへ。

「さようでござる。わが君西国御下向につき、これまでお供して参った。お宿をお願い申す。」

〔船頭三保太夫〕

かしこまつてさふらふ

「かしこまってございます。」

〔弁慶〕

御忍おしのびの御旅行ごりよかうなれば、万端ばんたんこころけ、御乗船ごじようせんをもたのまうす。

「お忍びのご旅行ゆえ、万事に心を配り、御乗船のこともお頼み申す。」

〔船頭三保太夫〕

心得こころえまうしてさふらふ随分ずゐぶん足早あしばやふねさふらへば、御用ごよう次第しだいいだまうさん。

「心得ましてございます。なかなか足の早い船がございますので、御用次第にお出しいたしましょう。」

〔唄〕

いざこれへと船長せんちやうの、ことば人々ひとびとせきき、弁慶べんけいきみむかひ。

「いざ、まずこれへ」という船長の言葉に、人々は席に着き、弁慶は君に向かって。

〔弁慶〕

いかに、きみまうさふらふ

「いかに、わが君へ申し上げます。」

〔義経〕

何事なにごとにてさふらふぞ。

「何事であるか。」

〔弁慶〕

此度このたび西国さいこく御下向ごげかうは、御忍おしのびの旅行りよかうなり、しづか御供おんともいたしさふらふは、なにとやらん似合にあはしからず、人口じんこうさふらへば、これよりみやこ御返おんかへしあつてしかるべくぞんさふらふ

「このたびの西国御下向はお忍びの旅でございます。静がお供いたしますのは、何とやら似合わしくなく、世間の口の端にものぼりますれば、ここから都へお帰しになるのがよろしいかと存じます。」

〔義経〕

しづかみやこへかへせとや。

「静を都へ帰せと申すか。」

〔義盛〕

これ武蔵殿むさしどのはるゝとほり、

「これは武蔵殿の言われる通り、」

〔有経〕

御身おんみくもりあらざれど、

「御身に曇りはございませぬが、」

〔景光〕

鎌倉殿かまくらどの御疑念ごぎねんれず、

「鎌倉殿のご疑念は晴れず、」

〔弘経〕

いま日蔭ひかげ御身おんみなり。

「いまは日陰の御身でございます。」

〔弁慶〕

御謹おんつつしみあつてしづかをば、みやこ御返おんかへしあれ。

「お謹みなされて、静を疾く疾く都へお返しなされませ。」

〔義経〕

われ左様さやうぞんぜしかど、したるが不便ふびんさにこころならずもともなふなり、いま方々かたがた意見いけんにつき、しづかみやこへかへしまうさん。弁慶べんけいよしなにはからひさふらへ。

「わたしもそう思っていたが、慕って来るのが不憫さに、心ならずも連れて来たのだ。いま方々の意見もあることゆえ、静を都へ帰すことにしよう。弁慶、よきに計らってくれ。」

〔弁慶〕

かしこまつてさふらふ。これよりしづか旅宿りよしゆくまゐり、此由このよしまうさうずるにてさふらふ。いかに此家このやのうちにしづかわたさふらふか、きみよりの御使おんつかひに、武蔵むさしがこれへまゐりてさふらふ

「かしこまってございます。これより静の旅宿へ参り、この由を申しましょう。——いかに、この家のうちに静どのはおいでか。わが君よりのお使いに、武蔵がこれへ参ってござる。」

〔唄〕

おとなふこゑ寒菊かんぎくの、かは姿すがたせぬ、判官殿はうぐわんどの愛妾あいせふしづかかどでゝ。

訪う声に、寒菊のように姿は変わっても香は失せぬ、判官殿の愛妾静は、門へ立ち出でて。

〔静〕

あら、おもらずや武蔵殿むさしどのなんのお使つかひにてさふらふぞ。

「あら、思いがけない武蔵殿。何のお使いでございますか。」

〔弁慶〕

さればさふらはず、きみ御諚ごぢやうには、これまで遙々はるばるまゐられしが、以前いぜんおんうしなはず、いと神妙しんべうなることながら、西国さいこく下向げかうしのびの旅中りよちゆうなが波濤はたうともなはんこと、人口じんこうしかるべからず、さればこれよりみやこへ、早々さうさう御帰おんかへりあれとの御事おんことなり。

「されば余の儀ではござらぬ。わが君の御諚には——これまではるばる参られたこと、以前の恩を忘れず、まことに神妙なことながら、西国下向も忍びの旅の中、長く波濤を共にすることは世間の聞こえもよろしくない。されば、これより都へ早々にお帰りあれ、との御事でござる。」

〔静〕

これはおもひもよらぬおほせかな、いづくまでもきみの、御供おんともとこそおもひしに。

「これは思いもよらぬ仰せです。どこまでもわが君のお供と思っておりましたのに。」

〔唄〕

たのみてもなほたのみなき、ひとこころ如何いかにせん。

頼みにしても、なお頼みにならない人の心を、どうすればよいのだろう。

〔弁慶〕

そのおほせはもつともなれど、御返事おんへんじなにまうすべきぞ。

「その仰せはもっともながら、お返事は何と申し上げるべきか。」

〔静〕

かやうにわらは御供おんともまうし、御返事おんへんじきみ御大事おんだいじになりさふらへば、如何いかにもとどまりまうすべし。

「このようにわたくしがお供を願い、お返事のことが君の御大事になりますのなら、いかようにも留まりましょう。」

〔弁慶〕

あら事々ことごとしや、御大事おんだいじまではあるまじく、ただ御留おんとどまりが肝要かんえうにてさふらふ

「あら大げさな。御大事とまではなりますまいが、ただお留まりになることが肝要でござる。」

〔唄〕

くもつれなきはからひは、武蔵むさしわざおもふより。

こうもつれない取り計らいは、武蔵のしわざと思うから。

〔静〕

この御返事おんへんじはわらはより、直々ぢきぢききみまうげん。

「このお返事はわたくしから、直々に君へ申し上げましょう。」

〔弁慶〕

それはかくいたされよ、さらばともなまうすべし。

「それはともかくもなさるがよい。さらばお連れ申そう。」

〔唄〕

いざくと弁慶べんけいは、しづか御前ごぜんともなうて。

いざ早く早くと弁慶は、静を御前へ連れて行き。

〔弁慶〕

いかにまうさふらふしづか御参おんまゐりにてさふらふ

「いかに申し上げます。静どののお越しでございます。」

〔義経〕

なに、しづかがこれへまゐりしとか。

「なに、静がこれへ参ったとか。」

〔弁慶〕

いざいざ、これへすすまれよ。

「いざいざ、これへお進みなされ。」

〔義経〕

いかにしづか、われあにうたがけ、はるばるあづまくだりしも、一度いちど対面たいめんあらずして、腰越こしごえよりしてかへされ。

「いかに静。わたしは兄の疑いを受け、はるばる東へ下ったが、一度の対面もかなわず、腰越から追い返され。」

〔静〕

かしこまつてさふらふ

「かしこまってございます。」

〔唄〕

いま落人おちうどとなりて、かたもなく西国さいこく落行おちゆくわれを遙々はるばると、これまでおくきたりしは。

いまは落人の身となって、あてどもなく西国へ落ちて行くわたしを、はるばるここまで送って来てくれたことは。

〔義経〕

かへすがへすも神妙しんべうなり、いづくまでもとぞんずれど、これよりとほ波濤はたうえ、ともなはんこと世上せじやうきこえ、落人おちうどしかるべからず、このたびはみやこへかへり、この義経よしつねるまたの時節じせつさふらへ。

「返すがえすも神妙である。どこまでもと思うけれど、これから遠い波濤を越えて連れて行くことは世間の聞こえもあり、落人の身にふさわしくない。まずこのたびは都へ帰り、この義経が世に出るいつかの時節を待っていてくれ。」

〔静〕

さてはわらはに此所このところより、みやこかへれとおほせありしは、きみ御諚ごぢやうさふらひしか、それとらねば、ふもはぬもつら武蔵殿むさしどのの、はからひなりとおもひしゆゑ、よしなきひとうらみしは、おもなきことにてさふらふぞや。

「さては、わたくしにここから都へ帰れとの仰せは、君の御諚でございましたか。それと知らず、問うのも憂く問わぬのも辛い武蔵殿のお計らいと思って、いわれもない人を恨んだのは、面目ないことでございました。」

〔弁慶〕

いやいやそれはくるしからず、なさけなくかへれとおほせあるも、ただ人口じんこうはばかるゆゑ、御心おんこころまでうつく。

「いやいや、それは苦しゅうない。情なく帰れと仰せられるのも、ただ世間の口を憚るゆえのこと。お心まで移り変わったのではござらぬ。」

〔唄〕

あきとなるおもひたまふぞと、あらきの真弓まゆみきかへて、なぐさむることあはれなり。

お心が飽きに変わったのだと思いなさるなと、荒木の真弓を引きかえるように思い直させて、慰めるさまもあわれである。

〔唄〕

野邊のべのこりし穂芒ほすすきの、つゆおもげなる風情ふぜいなり。

野辺に残った穂すすきが、露に濡れて重たげにうなだれる、そのような風情である。

〔静〕

いや、かくかずならぬ、にはうらみのなけれども。

「いえ、とにかく物の数にも入らぬこの身には、恨みなどございませぬが。」

〔唄〕

これは船路ふなぢ門出かどでに、餘所よそこころ波風なみかぜの、しづかとどめたまふかと、なみだながしゆふしでの、かけてかはらじとちぎりしこともさだめなや、まことにこれはわかれよりまさるかなしさを、なげこころのやるせなき。

これは船路の門出に心を波風にたとえ、静を留めなさるのかと涙を流す。木綿幣にかけて変わるまいと契ったことも定めないもの。まことにこれは別れにもまさる憂き身の悲しさを、嘆く心のやるせなさよ。

〔唄〕

名残なごりしむ愛情あいじやうの、ふかきをきみさつしたまひ。

名残を惜しむ愛情の深さを、君も察しなされて。

〔義経〕

しばしなりともわかれゆゑ、しづかさかづきすゝめさふらへ。

「しばしとはいえ別れゆえ、静に盃をすすめてくれ。」

〔四人〕

かしこまつてさふらふ

「かしこまってございます。」

〔唄〕

従者じゆうしや心得こころえりあへず、千代ちよかはらぬ土器かはらけに、妹脊いもせはなれぬ一対いつつゐの、瓶子へいじへてささぐれば。

従者は心得て、とりあえず千代も変わらぬ土器の盃に、妹背の離れぬ一対の瓶子を添えて捧げれば。

〔弁慶〕

にこれは御門出おんかどで行末ゆくすゑ千代ちよぞと、きくさかづきしづかにこそはすゝめけり。

「げにげに、これは御門出の行く末千代までも」と、菊の盃を静にすすめるのであった。

〔静〕

わらははきみ御別おんわかれ、やるかたなさにかきれて、なみだむせぶばかりなり。

「わたくしは君とのお別れの、やる方なさに心もかき暮れて、涙にむせぶばかりでございます。」

〔弁慶〕

御歎おんなげきはことわりなれど、たび船路ふなぢ門出かどで和歌わか、これにて一指ひとさ御舞おんまさふらへ。

「お嘆きはごもっともながら、旅の船路の門出の和歌、これにてひと差しお舞いなされ。」

〔静〕

さてはつたなしづかまひを、

「さては、つたない静の舞を、」

〔義経〕

門出かどで祝儀しうぎ所望しよまういたす。

「門出の祝儀に所望いたす。」

〔義盛〕

きみよりの御諚ごぢやうなれば、

「わが君よりの御諚なれば、」

〔有経〕

猶豫いうよあらせず此場このばにて、

「猶予なさらず、この場にて、」

〔景光〕

しづかどのには門出かどでしゆくし、

「静どのには門出を祝し、」

〔弘経〕

一指ひとさし

「早く早く、ひと差し、」

〔四人〕

御舞おんまさふらへ。

「お舞いなされませ。」

〔静〕

きみよりの御所望ごしよまうなれば、いかで違背ゐはいまうすべき。

「わが君よりのご所望とあれば、どうして背きましょう。」

〔弁慶〕

さいは烏帽子えぼしさふらへば、しづかはこれをされさふらへ。

「幸い烏帽子がございますので、静どのはこれをお召しなされ。」

〔唄〕

しづかたまはる烏帽子えぼしをつけ、あふぎりてちあがり、とき調子てうしりあへず。

静は賜わった烏帽子をつけ、扇を取って立ち上がり、折にかなった調子を取るや否や。

〔朗詠〕

渡江とかう郵船いうせんかぜしづまつてづ、波濤はたう謫所たくしよれてゆ。

江を渡る便りの船は、風が静まって出てゆく。波濤のかなたの流謫の地は、日が晴れて見える。

〔唄〕

ふべくもあらぬの、そでちふるもはづかしや。

立って舞えるような心地でもないこの身が、袖を打ち振るのも恥ずかしいこと。

〔唄〕

かこつなみだおもはずも、烏帽子えぼしおとしづめば。

かこつ涙に思わず烏帽子を落とし、打ち沈んでしまえば。

〔義経〕

ぎしをり堀川ほりかはにて、そちがうたひし都名所みやこめいしよ、あの今様いまやうさふらへ。

「過ぎし折、堀川でそちが謡った都名所、あの今様を舞ってくれ。」

〔静〕

きみ御諚ごぢやうさふらへば。

「君の御諚でございますれば。」

〔弁慶〕

猶豫いうよいたさず、

「猶予なさらず、」

〔四人〕

御舞おんまさふらへ。

「お舞いなされませ。」

〔今様〕

はるあけぼの白々しらじらゆき御室おむろ地主ぢしゆ初瀬はつせはな色香いろかかされてさかりをしむ諸人もろびとが、るをばいと嵐山あらしやまはな青葉あをば夏木立なつこだちしげ鞍馬くらま山越やまごえて、いて北野きたの時鳥ほととぎす

春の曙は白々と、雪かと見える花の御室や地主の桜、初瀬の山。花の色香に引かれて盛りを惜しむ人々が、散るのを厭う嵐山。花も青葉の夏木立となり、茂る鞍馬の山を越えて、鳴くのは北野の時鳥。

〔今様〕

ただすもり秋立あきたちてすずしきかぜ乙女子をとめごが、手振てぶりやさしき七夕たなばた都踊みやこをどりのとりなりは、其名そのな高雄たかを通天つうてん紅葉もみぢはづかし紅模様べにもやう野邊のべにしき冬枯ふゆがれて、たけ伏見ふしみ白雪しらゆきに、宇治うぢ網代あじろかはさむみ、あさる千鳥ちどりきつれて、吹雪ふぶきまじ立舞たちまふも、あしたまばゆき朝日山影あさひやまかげ

糺の森に秋が立ち、涼しい風に乙女らが手ぶりもやさしく舞う七夕の都踊りの装いは、その名も高雄や通天の紅葉も恥じらう紅模様。野辺の錦も冬枯れて、竹も伏見の白雪に、宇治の網代の川は寒く、餌をあさる千鳥が声を鳴き交わし、吹雪に交じって立ち舞うのも、朝まばゆい朝日山の影。

〔静〕

しづかわかれのしまれて。

静は別れが惜しまれて。

〔唄〕

おもへばむかし陶朱公たうしゆこう会稽山くわいけいざん立籠たてこもり、呉王ごわうほろぼし勾践こうせん恥辱ちじよくすす本望ほんまうげ、てんみち心得こころえ小船をぶねさをさし五湖ごこわたり、とほ島根しまねたのしみしとか。

思えば昔、陶朱公は会稽山に立て籠もり、呉王を亡ぼして勾践の恥辱をすすいで本望を遂げ、天の道をわきまえて小船に棹さし五湖を渡り、遠い島で楽しんだという。

〔唄〕

かゝるためし有明ありあけの、つきみやこをふりて、御身おんみとがのなきよしをなげきたまはゞ、あにつひにはなび青柳あをやぎの、えだつらぬる御契おんちぎり、などかはくちつべきぞ。

このような先例もあるのだから、有明の月の都をふり捨てて、御身に科のないことを訴えなされば、兄君もついには靡く青柳のように、枝を連ねる御契り、どうして朽ち果てることがありましょう。

〔唄〕

ただたのただたのめ、しめぢがはらのさしもぐさなかにあらんかぎりは。

「ただ頼め、ただ頼め。しめじが原のさしも草、わが世の中にあらん限りは」——ただひたすらに頼みなさいと。

〔唄〕

尊詠そんえいたよりならば、やがてぞ御代みよ出船いでふねの、時刻じこく立出たちい船長せんちやうが。

このように尊い歌のお告げならば、やがて世に出る——その出船の時刻に立ち出た船長が。

〔船頭三保太夫〕

御船おんふね用意よういととのさふらふ

「御船の用意が整いましてございます。」

〔義経〕

用意よういよくば乗船じようせんなさん。

「用意がよければ乗船しよう。」

〔弁慶〕

いづれも御供おんともなしさふらへ。

「方々、お供なされませ。」

〔唄〕

ともづなをとくとくと、すすまうせば判官はうぐわんも。

早く纜を解け解けと促し申せば、判官も。

〔四人〕

心得こころえさふらふ

「心得てございます。」

〔唄〕

たび宿やどりをでたまへば。

旅の宿りを出なされば。

〔唄〕

しづかはたよりなくなくも、また取縋とりすがきみそで、さこそとれど引分ひきわくる、たもとあま露雫つゆしづく

静はたよりなく、泣く泣くまた取りすがる君の袖。さぞやと知りながらも引き分ける、袂にあまる涙の露しずく。

〔弁慶〕

名残なごりをしむしづか心中しんちゆうにもと推察すゐさついたせども、最早もはや時刻じこくうつりてさふらふ

「名残を惜しむ静どのの心中、げにもっともと推察いたすが、もはや時刻が移ってござる。」

〔義盛〕

遅到ちたういたせば出船でふねおくれ、

「遅れれば出船がおくれ、」

〔有経〕

きみ御為おんためよろしからず、

「君の御為によろしくない、」

〔景光〕

やがてみやこかへらせたまへば、

「やがて都へお帰りになるのだから、」

〔弘経〕

再度さいどのお目見得めみえたのしみに、

「再びお目にかかるのを楽しみに、」

〔弁慶〕

とくとく宿やどかへさふらへ。

「早く早く、宿へお帰りなされ。」

〔静〕

あら、是非ぜひもなきことにてさふらふ

「ああ、是非もないことでございます。」

〔唄〕

つばさがはせし妹背鳥いもせどりえだをはなるゝおもひにて、名残なごしげにたび宿やど見返みかへ見返みかへ立帰たちかへる。

翼を交わした妹背の鳥が、枝を離れるような思いで、名残惜しげに旅の宿へ、見返り見返り立ち帰る。

〔唄〕

あと見送みおくりて船長せんちやうが、なみだぬぐ立出たちいでて。

その後ろ姿を見送って、船長が涙をぬぐって立ち出でて。

〔船頭三保太夫〕

さてもさても、しづか御有様おんありさま見申みまうして、おもはず落涙らくるゐいたしてさふらふきみ西国さいこく御下向ごげかうを、いづくまでも御供おんともなさんとまうさるゝも御尤ごもつとも、また世上せじやう人口じんこう思召おぼしめされ、御帰おんかへしあるも御尤ごもつとも双方さうはうともに御尤ごもつともさふらふ如何いか武蔵殿むさしどのまうさふらふ

「さてもさても、静どののご様子を拝見して、思わず落涙いたしました。わが君の西国御下向をどこまでもお供したいと申されるのもごもっとも、また世間の口をお考えになってお帰しになるのもごもっとも、双方ともにごもっともでございます。——いかに、武蔵殿へ申し上げます。」

〔弁慶〕

何事なにごとにてさふらふぞ。

「何事でござるか。」

〔船頭三保太夫〕

只今ただいましづか御歎おんなげきに、我等われら落涙らくるゐいたしてさふらふ

「ただいまの静どののお嘆きに、われらも落涙いたしましてございます。」

〔弁慶〕

さては、其方そのはう見申みまうされしか、まことあはれなることにてさふらふ。されども同道どうだうなりがたければ、しづかかへさふらひて、きみには一先ひとま西国さいこくへ、御下向ごげかうあらせらるゝなり。用意よういはよろしくさふらふや。

「さては、そのほうも見ておられたか。まことに哀れなことでござる。されども同道はなりがたいゆえ、静を帰して、君にはひとまず西国へ御下向あそばされるのだ。用意はよろしいか。」

〔船頭三保太夫〕

足強あしづよふね用意よういいたし、我等われら楫取かぢとつかまつさふらふ

「足の強い船を用意いたし、われらが楫を取ってございます。」

〔弁慶〕

それは近頃ちかごろことにてさふらふいそふねいださうづるにてさふらふ

「それは何よりのことでござる。急ぎ船を出そうぞ。」

〔船頭三保太夫〕

かしこまつてさふらふ

「かしこまってございます。」

〔義盛〕

武蔵殿むさしどのまうさふらふ只今ただいまきみ御諚ごぢやうには、

「武蔵殿へ申し上げる。ただいま君の御諚には、」

〔有経〕

先刻せんこくより空合そらあひかはり、

「先刻より空模様が変わり、」

〔景光〕

風波ふうはあらさふらふほどに、

「風波が荒うございますほどに、」

〔弘経〕

御逗留ごとうりうあそばされんと

「ご逗留あそばされたいと、」

〔四人〕

おほいだされてさふらふ

「仰せ出されてございます。」

〔弁慶〕

なに、御逗留ごとうりうあそばされんとや、さつするところきみには、しづか名残なごしませられ、左様さやうことおほせらるゝか。さりとては甲斐がひなし、御運ごうんすゑぞんさふらふ一歳ひととせ平家へいけ追討つゐたう摂州せつしう渡辺わたなべ福島ふくしまより、乗船じようせんありし其折そのをりは、

「なに、ご逗留あそばされたいと。察するところわが君には、静に名残を惜しまれて、そのようなことを仰せられるのか。さりとては言い甲斐がない、御運の末かと存ずる。ひととせ平家追討のため、摂州渡辺・福島から乗船なされたその折は、」

〔唄〕

しかも如月きさらぎなかばにして、武庫山むこやまおろしのかぜはげしく、逆浪さかなみちて御船おんふねのいともあやふさふらへば。

しかも如月の半ばのこと、武庫山おろしの風は烈しく、逆巻く浪が立って御船はいかにも危うくございましたので。

〔弁慶〕

かへさんとなしたりしを、いまこのうみくも、天下てんかためさふらへば、この義経よしつねうんあればかならかみ加護かごあらん、おくせずすすさふらへと、

「漕ぎ返そうとしたところ、『いまこの海を越えて行くのも天下のため。この義経に運があれば必ず神の加護があろう。臆せず進め』と、」

〔唄〕

おほせに人々ひとびとちから矢聲やごゑけてエイエイエイ、ねんなう四国しこく押渡おしわたり、平家へいけ一門いちもん討亡うちほろぼし、をば雲井くもゐへあげたまひ。

その仰せに人々は力を得て、矢声をかけてえいえいえい、みごと四国へ押し渡り、平家の一門を討ち亡ぼして、名を雲居へあげなされた。

〔弁慶〕

鬼神きじんとはいはれしきみが、わづかの風波ふうはおくしたまふは、女々めめしきことさふらふなり。これより御心おんこころさわがされず、御乗船ごじようせんあつてしかるべし。

「鬼神とまで言われたわが君が、わずかの風波に臆しなさるのは女々しいことでございます。これよりはお心を騒がされず、御乗船なさるのがよろしゅうございます。」

〔義経〕

にこれはことわりなり、逗留とうりうなさんとまうせしは、あやまりにさふらふぞ。

「げにげに、これは道理である。逗留しようと申したのは、わたしの誤りであったぞ。」

〔義盛〕

武蔵殿むさしどのおほせのごとく、

「武蔵殿の仰せのごとく、」

〔有経〕

片時かたときはや御乗船ごじようせん

「片時も早く御乗船を、」

〔景光〕

風波ふうはしづまりさふらへば、

「風波も静まりましたので、」

〔弘経〕

いそ御船おんふねいださふらへ。

「急ぎ御船をお出しなされ。」

〔唄〕

いづくをかたき立浪たつなみの、さわぎつゝ船子ふなこども、えいやえいやと夕汐ゆふしほれてふねをぞいだしける。

どこを敵と立つ浪の、立ち騒ぎながら船子どもは、えいやえいやと夕汐に乗せて船を出したのであった。

〔船頭三保太夫〕

皆々みなみな御船おんふねへ、

「皆々、御船へ、」

〔船頭岩作〕

御乗おんのさふらへ。

「お乗りなされませ。」

〔船頭三保太夫〕

さてさて目出めでたい御吉相ごきつさうかな、此中こなひだまで海上かいじやうが、毎日まいにち毎日まいにちれましたが、

「さてさて、めでたい御吉相かな。この間まで海の上が毎日毎日荒れましたが、」

〔船頭岩作〕

今日けふのやうなよい日和ひよりは、またとございますまい。

「今日のようなよい日和は、またとございますまい。」

〔弁慶〕

一段いちだん天気てんきになり、此上このうへもないことなれば、御出船ごしゆつせん目出度めでたしゆくし、船唄ふなうたをうたひさふらへ。

「げに一段の天気になり、この上もないことゆえ、御出船をめでたく祝って船唄をうたいなされ。」

〔両人〕

かしこまつてさふらふ

「かしこまってございます。」

〔船頭三保太夫〕

さらば目出度めでたく、

「さらば、めでたく、」

〔船頭岩作〕

うたまうすべし。

「うたい申しましょう。」

〔船唄〕

やんれ目出度めでたや、天照あまてらすかみ皇国みくに榊葉さかきばの、さかえさかゆく秋津洲あきつすの、八隅やすみかがや御鏡みかがみの、くもらぬ御代みよ時津風ときつかぜえだをならさぬすみの、岸邊きしべまつ袖垣そでがきや。

やんれめでたや。天照らす神の御国は榊葉の栄えさかゆく秋津洲の、八隅に輝く御鏡の、曇らぬ御代の時つ風。枝も鳴らさぬ住の江の、岸辺の松の袖垣よ。

〔船唄〕

住吉すみよし一歳ひととせ神事しんじまうすは御手洗みたらしの、若水わかみづむをはじめとして、五穀ごこくいの種卸たねおろし、うめさくら紅白こうはくのけぢめをなせし鶏合とりあはせ。

まず住吉の一年の神事と申せば、御手洗の若水汲みを初めとして、五穀の祈りの種おろし、梅と桜に紅白のけじめをつけた鶏合わせ。

〔船唄〕

その勝負しようぶ菖蒲月しやうぶづき遅速ちそくきそ競馬くらべうま輪乗わのりにまはいさましき、たけこころをやはらぐる乳守ちもりさとあそが、鄙唄ひなうたうたふ御田植おんたうゑ

その勝負にちなむ菖蒲月には、遅速を競う競馬。輪乗りに廻る勇ましさ、猛き心をやわらげる乳守の里の遊女が、ひな唄うたう御田植。

〔船唄〕

田楽舞でんがくまひ住吉すみよししづ手振てぶり拍子ひやうしよく、面白おもしろ神祭かみまつり。

田楽舞や住吉の、里人の手ぶりも拍子よく、げに面白い神祭りである。

〔唄〕

をりしもそら一点いつてんの、くもいでしをやり。

折しも空に一点の雲が出たのを、じっと見やって。

〔船頭三保太夫〕

いや、あれへ見慣みなれぬくもた。

「いや、あれへ見なれぬ雲が出た。」

〔船頭岩作〕

段々だんだんひろがつてた、あのくもると、かぜかはるが、そりやこそかぜかはつてた。

「見る間にだんだん広がって来た。あの雲が出ると風が変わるが——そりゃこそ、風が変わって来た。」

〔船頭三保太夫〕

我等われらかぢりますれば、お気遣きづかひございませぬ。最前さいぜんからぐとおもふたに、ふねもとところにある、えいえい。皆々みなみなせいしませ。

「われらが楫を取りますれば、お気遣いございませぬ。——先ほどから漕いでいるつもりが、船は元の所にある。えい、えい。皆々、精を出しなされ。」

〔大薩摩〕

それ一陣いちぢん魔風まかぜおこり、一天いつてんにはか磨墨するすみながせるごと打曇うちくもり、数丈すぢやう高浪たかなみたちまちに、御船おんふねあやふえければ。

それ、一陣の魔風が起こり、空はにわかに磨った墨を流したように掻き曇り、数丈の高波がたちまちに御船を危うく見せたので。

〔弁慶〕

やあかぜかはつてさふらふうしろそびえし武庫山颪むこやまおろし弓弦羽ゆづるはだけよりきおろす山風やまかぜはげしく、この御船おんふね陸地りくちくべきやうぞなし、皆々みなみな心中しんちゆう御祈念ごきねんさふらへ。

「やあ、見る間に風が変わってござる。後ろにそびえる武庫山おろし、弓弦羽ヶ嶽から吹きおろす山風は烈しく、この御船が陸に着けるすべもない。皆々、心中にご祈念なされよ。」

〔四人〕

かしこまつてさふらふ

「かしこまってございます。」

〔船頭岩作〕

今日けふばかりはとおもひしに、にはか悪風あくふうきたり、

「今日ばかりはと思ったのに、にわかに悪風が吹いて来た。」

〔船頭三保太夫〕

如何いかにもなみたかうなつてた、なみなみせ、これはしのがたし。

「いかにも波が高くなって来た。波よ波よ、越せ越せ——これはしのぎ難い。」

〔義経〕

いま船頭せんどうなみはらへば、なみこころあるかして、

「いま船頭が波を払えば、波にも心があるのか、」

〔有経〕

すこしづまりさふらふぞ、なほせいを、

「少し静まりましたぞ。なおも精を、」

〔四人〕

さふらへ。

「入れなされ。」

〔船頭三保太夫〕

心得こころえさふらふ、アリヤアリヤアリヤ、なみよくよくよく、せ。

「心得てございます。ありゃありゃありゃ、波よくよくよく、越せ越せ。」

〔義盛〕

いかに、武蔵殿むさしどのまうすべきことのさふらふ

「いかに、武蔵殿に申すべきことがございます。」

〔弁慶〕

何事なにごとにてさふらふぞ。

「何事でござるか。」

〔義盛〕

この御船おんふねにはあやかしのいてさふらふ

「この御船には、あやかしが付いてございます。」

〔弁慶〕

やあ、左様さやうなことは船中せんちゆうにて、しばらまうさぬことにてさふらふ

「やあ、さようなことは船の中では、決して申さぬものでござる。」

〔船頭岩作〕

いや、こなひと麁忽千萬そこつせんばん船中せんちゆうにて左様さやうことまうさぬことにてさふらふ

「いや、こなたはそこつ千万。船の中でさようなことは申さぬものでございます。」

〔弁慶〕

不案内ふあんないものなれば、それがしめんじ、ゆるさふらへ。

「不案内の者ゆえ、それがしに免じて許しなされ。」

〔船頭三保太夫〕

あれあれまたなみつてる、アリヤアリヤアリヤ、なみよくよくよくせ。

「あれあれ、また波が打って来る。ありゃありゃありゃ、波よくよくよく、越せ越せ。」

〔唄〕

さをにてなみはらへば、弁慶べんけいむかふをやり。

棹で波を追い払えば、弁慶は沖のかなたをじっと見やって。

〔弁慶〕

あゝら不思議ふしぎや、海上かいじやうれば、西国さいこくにてほろびたる、平家へいけ公達きんだち一門いちもん銘々めいめいうかでたるぞ、かか時節じせつうかがひて、うらみをなすもことわりなり。

「あら不思議や、海の上を見れば、西国で亡びた平家の公達一門が、めいめいに浮かび出たぞ。かかる時節をうかがって恨みをなすのも道理である。」

〔義経〕

いかに弁慶べんけい

「いかに弁慶。」

〔弁慶〕

御前ごぜんさふらふ

「御前にございます。」

〔義経〕

今更いまさらおどろくことなかれ、假令たとひ悪霊あくりやううらみをなすとも、

「いまさら驚くことはない。たとえ悪霊が恨みをなそうとも、」

〔唄〕

悪逆あくぎやく無道ぶだうつみつもり、神明しんめい佛陀ぶつだ冥感みやうかんそむき、天命てんめいつてしづみし一門いちもん何程なにほどことあるべきぞ。

悪逆無道の罪が積もり、神仏の御心に背いて、天命によって沈んだ一門が、何ほどのことがあろうか。

〔唄〕

あらせず雲霞くもかすみごとく、なみうかびてえたりける。

言う間もあらせず、雲霞のごとく浪に浮かんで見えたのであった。

〔知盛の怨霊〕

抑々そもそもこれは桓武天皇くわんむてんわう九代くだい後胤こういんたひら知盛とももり幽霊いうれいなり。あらめづらしや、いかに義経よしつねおもひもよらぬ浦波うらなみの、

「そもそもこれは桓武天皇九代の後胤、平の知盛の幽霊なり。あら珍しや、いかに義経。思いもよらぬ浦波の、」

〔唄〕

こゑ知邊しるべ出船いでふね出船いでふねの、知盛とももりしづみしそのありさまに。

声をしるべに出船の出船の、知盛が沈んだその有様のままに。

〔唄〕

また義経よしつねこのうみへ、しづめんものと夕波ゆふなみに、うかべる長刀なぎなた取直とりなほまはともゑなみもん四邊あたりはらうしほ踏立ふみたて、悪風あくふうはげしくきかけて、まなこくらこころみだれ、前後ぜんごわするゝばかりなり。

また義経をもこの海へ沈めてやろうと、夕波に浮かべた長刀を取り直し、渦巻く巴や波の紋。あたりを払い、潮を踏み立て、悪風を烈しく吹きかけて、眼もくらみ心も乱れ、前後を忘れるばかりである。

〔唄〕

其時そのとき義経よしつねすこしもさわがずさわがず、打物うちもの拔持ぬきもち、うつつひとむかふがごとく、言葉ことばかはしてたたかひたまへば。

その時義経は少しも騒がず騒がず、太刀を抜き持ち、生きた人に向かうがごとく、言葉を交わして戦いなされば。

〔唄〕

弁慶べんけいなか押隔おしへだて、打物業うちものわざにてかなふまじと、珠数じゆずさらさらとしもんで。

弁慶は中を押し隔て、太刀わざでは叶うまいと、数珠をさらさらと押しもんで。

〔祈り〕

東方とうばう降三世がうざんぜ南方なんばう軍荼利夜叉ぐんだりやしや明王みやうわう

「東方降三世、南方軍荼利夜叉明王。」

〔唄〕

西方さいはう大威徳だいゐとく北方ほくばう金剛こんがう夜叉やしや明王みやうわうさくけていのいのられ悪霊あくりやう次第しだいとほざかれば、弁慶べんけい船子ふなこちからあはせ。

「西方大威徳、北方金剛夜叉明王」——索に掛けて祈り祈られ、悪霊が次第に遠ざかれば、弁慶は船子に力を合わせ。

〔唄〕

御船おんふねぎのけみぎはれば、なほ怨霊をんりやうしたるを、はらいの退しりぞけ。

御船を漕ぎのけて汀へ寄れば、なお怨霊が慕い来るのを、追い払い祈り退け。

〔唄〕

また引汐ひきしほにゆられながれ、また引汐ひきしほにゆられながれて、あと白浪しらなみとぞなりにける。

また引き潮にゆられ流れ、また引き潮にゆられ流れて、あとは白波となったのであった。

船弁慶には作曲者違いの二曲がある。当ライブラリでは河竹黙阿弥作詞・三世杵屋正次郎作曲のこの曲を「正次郎船弁慶」、二世杵屋勝三郎作曲のものを「勝三郎船弁慶」として分けた。連獅子二曲と同じ分け方である。

詞章は『黙阿弥脚本集』第二十五巻(春陽堂刊・著作権消滅)所収の「船弁慶(新歌舞伎十八番の内)」により、台本のうち唄と台詞を採り、舞台の段取りを記したト書きは省いた。繰り返し記号は読みやすく展開した。

〔 〕で括った話者と曲節の指示は、台本の記載により補ったもの。

明治十八年十一月、作者七十歳のとき新富座で初演。九世市川團十郎が静・知盛の怨霊・武蔵坊弁慶(役割書の順)を勤め、振付は初世花柳壽輔。長唄囃子連中の名で上演された、新歌舞伎十八番のひとつである。以上は同書の解説による。

能「船弁慶」(観世小次郎信光作)にほぼ忠実に拠るが、詞章は新しく書かれている。前シテが静、後シテが知盛の怨霊で、初演では一人の役者が演じ分けた。

「大物の浦」は摂津国尼崎(現・兵庫県尼崎市大物町)。「武庫山」は六甲山の古名、「弓弦羽ヶ嶽」は六甲の峰のひとつで、いずれも大物の浦の後ろに聳える山である。

「腰越よりして追ひ帰され」は、鎌倉に入れず腰越から追い返された義経の故事(腰越状)をふまえる。

「渡江の郵船は風静まつて出づ、波濤の謫所は日晴れて見ゆ」は『和漢朗詠集』所収の朗詠の句。

「唯頼めしめぢが原のさしも草、我が世の中にあらん限りは」は清水観音の御詠歌として知られる歌。

「陶朱公」は越の范蠡。勾践を助けて呉を滅ぼしたのち、身を退いて小船で五湖に遊んだ。義経の再起を願って引かれる故事。

静の今様「春の曙白々と」は、京の名所を四季に配して詠みこんだ都名所尽くし。御室・地主・初瀬・嵐山・鞍馬・北野・糺の森・高雄・通天・伏見・宇治・朝日山と続く。

船頭の船唄は住吉の一年の神事尽くし。若水汲み・種おろし・鶏合わせ・競馬・御田植・田楽舞と続く。「乳守が里」は住吉の遊里。

船中で「あやかし」と口にするのを弁慶と船頭がたしなめるやりとりは、船霊信仰による船中の忌み言葉のならわし。

終わりの祈りは五大明王を四方に配する真言の作法による。

流儀・稽古本によって仮名遣いや字句に異同があるため、演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。