梅の春うめのはる
清元 作詞者・作曲者・初演年不詳

清元を代表する新春の祝儀曲。当ライブラリではじめての清元である。書き初めの筆すさびから起こし、赤間の硯・文字ヶ関・和布刈と筆硯の縁語を連ね、都鳥に言問う業平の歌で東へ——隅田川筋の正月尽くしへと運ぶ。宝船を漕ぐ初買い、弁天様と添い臥しの初夢、蓬莱山と祝う飾り夜具、橋場今戸の朝煙、三囲の土手に囀る鳥追いの三味線。「君に逢う夜は」の三下りをはさみ、結びは謡曲『高砂』の「千秋楽には民を撫で」を引いて、尽きせぬ隅田川の流れに流儀の名「清元」を詠み込み、幾代の春や匂うらん、と納める。お座敷はじめ・お茶席の新春に向く。
あらすじ
四方にめぐる扇巴や文車の、許しの色も昨日今日。心ばかりは春霞、引くも恥ずかしい爪印。雪の梅の門はほんのりと、匂う朝日は赤間の、硯の海の青畳。文字ヶ関——書き初めに、筆草生える波間から、若布を刈るという春景色。浮かんで鴎を、ひい、ふう、みい、よう。いつか東へ、筑波嶺の彼面此面を都鳥。いざ言問わん、恵方さえ。よろず吉原、山谷堀。宝船漕ぐ初買いに、よい初夢を——見つ——三つ蒲団、弁天様と添い臥しの。花の錦の飾り夜具、二十ばかりも積み重ね、蓬莱山と祝うなる。富士を背中に、家堅の塩尻長く居据われば、ほんに田舎も真柴焚く、橋場今戸の朝煙、続く竈も賑わって。太々神楽に門礼者。梅が笠木も三囲の、土手に囀る鳥追いは、三筋の霞の連弾きや。君に逢う夜はなあ、誰——白髭の森を越えて、待乳の山と庵崎の、その鐘ヶ淵——予言も、楽しい仲じゃないかいな、面白や。千秋楽には民を撫で、万歳楽には命を延ぶ。首尾の松が枝、竹町の、渡し船守る身も時を得て、めでたくここに隅田川。尽きせぬ流れは清元と、栄え寿ぐ梅が風。幾代の春も匂うらん、匂うらん。
詞章と現代語訳
四方にめぐる扇巴や文車の、ゆるしの色も昨日今日、心ばかりは春霞〔合〕引も恥かし〔合〕爪しるし〔合〕雪の梅の門ほんのりと〔合〕匂ふ朝日は赤間なる〔合〕硯の海の〔合〕青畳、文字がせき書々初に、筆草生ふる浪間より、若布刈るてふ〔合〕春景色、浮て鴎の一イ二ウ三イ四ウ〔合〕
四方にめぐる扇巴や文車の、許しの色も昨日今日。心ばかりは春霞、引くも恥ずかしい爪印。雪の梅の門はほんのりと、匂う朝日は赤間の、硯の海の青畳。文字ヶ関——書き初めに、筆草生える波間から、若布を刈るという春景色。浮かんで鴎を、ひい、ふう、みい、よう。
いつか東へ筑波根の〔合〕彼面此面を都鳥
いつか東へ、筑波嶺の彼面此面を——都鳥。
いざ言問はん〔合〕恵方さへ〔合〕
いざ言問わん、恵方さえ。
よろづ吉原山谷堀〔合〕宝船漕ぐ〔合〕初買に、よい初夢をみつ蒲団〔合〕弁天さんと添臥の
よろず吉原、山谷堀。宝船漕ぐ初買いに、よい初夢を——見つ——三つ蒲団、弁天様と添い臥しの。
花の錦の飾り夜具〔合〕廿ばかりも〔合〕積重ね、蓬莱山と祝ふなる、不二を背中に家堅の〔合〕塩尻長く居据れば、ほんに田舎も真柴焚く〔合〕橋場今戸の朝煙、つゞく竃も賑ふて
花の錦の飾り夜具、二十ばかりも積み重ね、蓬莱山と祝うなる。富士を背中に、家堅の塩尻長く居据われば、ほんに田舎も真柴焚く、橋場今戸の朝煙、続く竈も賑わって。
大々神楽門礼者、梅が笠木も〔合〕三囲の〔合〕土手に囀る鳥追は〔合〕三筋霞の連弾や〔合〕
太々神楽に門礼者。梅が笠木も三囲の、土手に囀る鳥追いは、三筋の霞の連弾きや。
『君に逢ふ夜はなア、誰白髭の森越えて〔合〕待乳の山と庵崎の〔合〕その鐘が淵かねことも〔合〕楽しい中じやないかいな、面白や
君に逢う夜はなあ、誰——白髭の森を越えて、待乳の山と庵崎の、その鐘ヶ淵——予言も、楽しい仲じゃないかいな、面白や。
千秋楽には民を撫で〔合〕万歳楽には命を延ぶ、首尾の松が枝竹町の、渡船守る身も時を得て、目出度くこゝに隅田川、尽せぬ流れ清元と、栄え寿く梅が風、幾代の春や匂ふらん匂ふらん。
千秋楽には民を撫で、万歳楽には命を延ぶ。首尾の松が枝、竹町の、渡し船守る身も時を得て、めでたくここに隅田川。尽きせぬ流れは清元と、栄え寿ぐ梅が風。幾代の春も匂うらん、匂うらん。
詞章は声曲文芸研究会『声曲文芸叢書』第三編 清元集(明治四十二年)の校訂本文(著作権消滅)による。繰り返し記号は読みやすく展開し、合方の指示は省いた。
当ライブラリではじめての清元。清元は文化年間に豊後節の流れから出た浄瑠璃で、高音の細やかな節と粋な語り口を身上とする。作詞者・作曲者・初演年は原典に記載がない。
冒頭は新春の書き初めの趣向。「赤間なる硯」は赤間関(下関)の名産の赤間硯、「文字がせき」は同じ下関の文字ヶ関、「若布刈る」はその海の和布刈の神事と見られる。硯・文字・筆と筆硯の縁語を地名に重ねている。
「いざ言問はん」は伊勢物語の業平の歌「名にし負はばいざ言問はん都鳥わが思ふ人はありやなしやと」による。以下、山谷堀・橋場・今戸・三囲・白髭・待乳山・庵崎・鐘ヶ淵・竹町の渡しと、隅田川筋の名所を新春の景物に詠み継ぐ。
「鳥追」は正月に編笠姿で三味線を弾いて門付けする女芸人。「太々神楽」「門礼者」も正月の景物。「蓬莱山と祝ふ」は正月の蓬莱飾りによる。
「その鐘が淵かねことも」は地名の鐘ヶ淵に「予言(かねごと。かねて言い交わした言葉)」を掛けたものと見られる。
結びの「千秋楽には民を撫で万歳楽には命を延ぶ」は謡曲『高砂』の結びの文句。「尽せぬ流れ清元と」に流儀の名を詠み込む、家元の祝儀曲らしい納めである。
語義・読みの定めがたい語は推測で埋めず原典のまま残した。「扇巴や文車」(めでたい紋様の名を並べたものか)、「家堅の」(家固めの意か)。「書々初」「若布刈る」「彼面此面」の読みは推定を含む。
流儀・稽古本によって仮名遣いや字句に異同があるため、演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。