杜若かきつばた
作詞者・作曲者・初演年不詳 変化物「七変化」の第三

能『杜若』に拠る。在原業平の形見の初冠と唐衣を身につけた杜若の精が現れ、業平を偲んで舞い、まことは花の精であると明かして、見えつ隠れつ消えてゆく。
あらすじ
形見の花は、いまここに。在原の跡を隔ててくれるな、杜若よ——花の紫は、その人ゆかりの色というのだから。形見の初冠に唐衣、身に添えて持っていた言の葉も、契りを交わした人の数々に。ままよ、この思いよ、露の置くしのぶ山、人目を忍んで。通ってくる業平の姿は、いまも目に見交わす面影。いとしく忘れられぬ心よ。恋しく懐かしいそのありさまを語るのも、なつかしいことである。いよいよ色ばかりが浮世というもの。楽しむのも早や——昔男の名をとどめた杜若。眺めてくださいませ、都の方よ。まことは花の精なのですと言って、見えつ隠れつ、消えていったのであった。
詞章と現代語訳
形見の花は今ここに
形見の花は、いまここに。
在原の跡な隔てそ杜若、花紫のゆかりとて
在原の跡を隔ててくれるな、杜若よ。花の紫は、あの人ゆかりの色というのだから。
形見の初冠唐衣、身に添へ持ちし言の葉も、契りし人の数々に
形見の初冠に唐衣。身に添えて持っていた言の葉も、契りを交わした人の数々に。
よしや思ひのな、露のしのぶ山、忍びて
ままよ、この思いよ。露の置くしのぶ山——人目を忍んで。
通ふ業平の姿は今に見交はす俤、いとし忘れぬ心やな、恋しゆかしき有様を、語るも懐かし言ぞかし
通ってくる業平の姿は、いまも目に見交わす面影。いとしく、忘れられぬ心よ。恋しく懐かしいそのありさまを語るのも、なつかしいことである。
いとど色ばかりこそ浮世なれ、楽しむもはや、昔男の名をとめし杜若
いよいよ色ばかりが浮世というもの。楽しむのも早や——昔男の名をとどめた杜若よ。
眺め給へや都人、まことは花の精なりと、見えつ隠れつなりにけり
眺めてくださいませ、都の方よ。「まことは花の精なのです」と——見えつ隠れつして、消えていったのであった。
詞章は『徳川文芸類聚』第十 俗曲下 所収『歌撰集』の本文(著作権消滅)により、繰り返し記号は読みやすく展開し、合方〔合〕の指示は省いた。原典は目次の題名を「七へんげ」、本文の題名を「第三 杜若」とする。
原典は総かな書きのため、読みやすさを考えて漢字を当てた箇所が多い。
能『杜若』に拠る。三河国八橋の杜若の精が、在原業平の形見の初冠と、二条后の唐衣とを身につけて現れ、業平を偲んで舞う。
「在原の跡な隔てそ」は『伊勢物語』第九段、三河国八橋で「かきつばた」の五文字を句の頭に置いて詠んだ「唐衣きつつなれにしつましあればはるばる来ぬる旅をしぞ思ふ」を踏まえる。「唐衣」もこの歌による。
原典は「かたみのかぶりから衣」と総かなで書く。能にならって「形見の初冠、唐衣」と解した。
「なり平」は在原業平。「昔男」は『伊勢物語』の主人公、業平をいう。
「よしや思ひのな露のしのぶ山」は切り方が定めがたい。「思ひの」で切り、「な」を詠嘆と見て、「露のしのぶ山」へ続けた。
作詞者・作曲者・初演年は原典に記載がない。流儀・稽古本によって仮名遣いや字句にも異同があるため、演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。