春駒(七変化)はるこま(しちへんげ)
長唄 本名題『雛祭神路桃』 作詞者・作曲者・初演年不詳
/春駒(七変化)_正月の春駒と締太鼓.jpg)
七変化の春駒の段。春駒は正月の門付け芸で、馬の首をかたどった作り物を持って舞う。めでたやめでたやと言祝ぎ、春駒を夢に見るのさえよいと申す——という祝言から起こし、太鼓の拍子に打ち連れて勇む笑顔へ移る。中ほどは「せめて一夜は靡け」という口説きになり、文を読まずとも言葉の返事さえあればよい、九十九夜も口説けば落ちようと言い交わす。結びは誓文に喜んだのも束の間、幾度も騙されて寝もせず迷う心を、定めない川の瀬に重ねて納める。
あらすじ
めでたや、めでたや。春の初めの春駒なんぞは、夢に見てさえよいとや申す、申す。花のな、盛りのな、色比べ。品よき振りを太鼓の拍子でさ、打ち連れ、引き連れて、勇む笑顔や、なりよし、風よし。せめて一夜は靡けと申す、申す。おお、それはそれよさ。筆にばかりは文とは読まん。言葉の返事が、よいとや申す、申す。おお、さりとはよいてな。九十九夜、夜々、口説かば落ちよぞ。情ないぞや、あた強欲な。どうぞしばしは靡かせ。真実、誓文でのうござんすか。ああ、まま、うれしい。先度騙されたからは、一分立たぬはえ。ああ、辛気。それで寝もせで迷い迷う人の心と川の瀬は、定めなや。千代の梢も面白や。
詞章と現代語訳
めでたやめでたや春のはじめのはる駒なんぞは夢に見てさへよいとや申申
めでたや、めでたや。春の初めの春駒なんぞは、夢に見てさえ、よいとや申す、申す。
花のな。さかりのな。色くらべ品よきふりを太鼓の拍子でさ。うちつれ。引連ていさむゑがほやなりよし。風よしせめて一夜はなびけと申申ヲヽそんれはそれよさ。筆にばかりは文とはよまん。ことばのへんじが。よいとや申申ヲヽさりとはよいてな
花のな、盛りのな、色比べ。品よき振りを太鼓の拍子でさ、打ち連れ、引き連れて、勇む笑顔や、なりよし、風よし。せめて一夜は靡けと申す、申す。おお、「そんれはそれよさ」。筆にばかりは文とは読まん、言葉の返事が、よいとや申す、申す。おお、さりとはよいてな。
九十九夜々々々々くどかばおちよぞ。情ないぞやあたどうよくな。どふぞしばしはなびせ
九十九夜、夜々、口説かば落ちよぞ。情ないぞや、「あた強欲な」。どうぞしばしは靡かせ。
しん実せい文でのふござんすかあゝまゝうれしいせんどだまされたからは一ぶんたゝぬはへ。あゝしんき。それでねもせでまよひまよふ人の心と川の瀬はさだめなや千代のこずゑもおもしろや
「真実、誓文でのうござんすか」。ああ、まま、うれしい。先度騙されたからは、一分立たぬはえ。ああ、辛気。それで寝もせで迷い、迷う人の心と川の瀬は、定めなや。千代の梢も面白や。
この曲は詞章の出典が他と異なる。『徳川文芸類聚』第十 俗曲下所収『歌撰集』の本文(著作権消滅)により、章句・合方の記号は原典のまま段の頭や途中に残し、繰り返し記号は読みやすく展開した。繰り返し記号はいずれも直前の語句を繰り返すものとして展開したが、どこまでを一語と見るかはこちらの判断による。
原典は総かな書きの部分が多いため、読みやすさを考えて漢字を当てた。ふりがなが原典の仮名である。
本名題は『雛祭神路桃』(ひなまつりかみじのもも)。七変化のうちの一曲で、ほかに傾城・官女・山賎・布曝・春駒・杜若・槍踊がある。
「春駒」は正月の門付け芸。馬の首をかたどった作り物を持ち、舞い歌いながら家々を回った。
「せいもん」は誓文、心変わりしないという誓いの起請文。「一分立たぬ」は面目が立たないこと。
「めでたや/\」「よいとや申/\」の繰り返し記号は、字を増やさぬよう「めでたやめでたや」「申申」と原典の字のままで展開した。読みは「申す、申す」。
語義の定めがたい語は推測で埋めず原典のまま残した。「ヲヽそんれはそれよさ」、「あたどうよくな」、「九十九夜々々々々」(原典のまま。夜を重ねて言うものと見られる)。
作詞者・作曲者・初演年は原典に記載がない。流儀・稽古本によって仮名遣いや字句にも異同があるため、演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。