藤舎の紋 藤舎名玄TOSHA MEIGEN ― 詞章ライブラリーへ戻る
清元

明烏(下)あけがらす(げ)

清元  本名題『明烏花濡衣』(あけがらすはなのぬれぎぬ)の下の巻  作者・作曲者・初演年不詳

明烏(下) 雪の庭の古木と明け方の烏
雪の庭の古木と明け方の烏

浦里時次郎の話による一曲の下の巻(原典の目次に括弧書きで「浦里時次郎」とある)。上の巻で時次郎が表へ突き出されたあと、雪の吹雪くなか、浦里は亭主に庭の古木へ括りつけられ、時次郎を思い切れと責められる。ひとり残された浦里は、二階から聞こえる三味線に、居続けの夜に寝間着のまま弾いた三味線を思い出し、この身は淡雪とともに消えてもよい、もう一度逢いたいと泣き乱れる。そこへ時次郎が刀を口にくわえて屋根伝いに忍んで来て、「可愛」とひと声の明烏、後の浮名や残るらんと結ぶ。雪責めの折檻と、心中を思わせる結びを含む曲なので、席によっては扱いに心を配りたい。

あらすじ

雪の吹雪くなか、亭主は浦里を庭の古木に括りつけ、箒を手に責め立てる。遊女を折檻して客を遠ざけるのは客のため、女郎も身代も大事、若い客がしげしげ通えば勘当かしくじりは知れたこと、年季の切り替えもあの客のため、この上は心中か駆け落ちかと、時次郎を思い切れと言い捨てて奥へ入る。残された浦里は、時さんはどこにどうしているのか、もう一度顔が見たいと涙にくれる。昨日の花は今日の夢、二階の三味線を聞くにつけ、居続けの夜に寝間着のまま引き寄せられて弾いた三味線を思い出す。好いた男に命も惜しくはない、この身は淡雪とともに消えてもよいが、この世の名残にもう一度逢いたいと泣き乱れる。そこへ時次郎が、用意の刀を口にくわえて屋根伝いに忍んで来る。浦里の嬉しさ、悲しさ、怖さ、危うさに、「かわい」とひと声明烏が鳴き、後の世に浮名が残ることだろうと結ぶ。

詞章と現代語訳

折節をりふし降ふり来くる雪ゆき吹雪ふゞき、うちには亭主ていしゆが浦里うらざとを、庭にはの古木こぼくに括くゝりつけ、箒はうきおつとり声こゑ張上はりあげ

折しも降りしきる雪の吹雪。内では亭主が浦里を庭の古木に括りつけ、箒をおっ取って声を張り上げ、

ヤイ浦里うらざと、其その苦くるしみは心こゝろがらだア、総別そうべつ遊女いうぢよを折檻せつかんして、客きやくを堰せくこと客きやくのため、二ふたつには女郎ぢよらう大切たいせつ身代しんだいが猶なほ大事だいじ、アノ客きやくもまだ若わかい人ひとだが、あんまり繁々しげしげ通かよはれては、親懸おやがゝりならば勘当かんだううけ、主持しゆうもちならば親方おやかたの手前てまへ、仕損しそこなふは知しれた事ことだ、

やい浦里、その苦しみは自分の心から出たことだ。そもそも遊女を折檻して客を遠ざけるのは客のため。二つには、女郎が大切、身代がなお大事。あの客もまだ若い人だが、あんまりしげしげ通われては、親がかりなら勘当を受け、主持ちなら親方の手前、しくじるのは知れたことだ。

此このじう年期ねんきを切替きりかへしも皆みなあの客きやくのため、此この上うへは心中しんぢゆうするか駆落かけおちか、とゞのくゝりは知しれてある詮索せんさくだア、

このあいだ年季を切り替えたのも、みなあの客のため。この上は心中するか駆け落ちか、とどのつまりは知れきった詮索だ。

是迄これまで度々たびたび言いふても聞入きゝいれねへ業欲張ごふよくばり奴め、アノ時次郎ときじらうの事ことをすつぱりと、思おもひ切きつてしまやアがれ、コレ男共をとこども浦里うらざとに気きをつけい

これまで度々言っても聞き入れぬ強情者め。あの時次郎のことはすっぱりと思い切ってしまやがれ。これ男ども、浦里に気をつけい。

と言いひ捨すてゝこそ奥おくに入いる

と言い捨てて奥へ入る。

浦里うらざとあとを打うちながめ、わかれとなれば今更いまさらに、涙なみだにくれて居ゐたりしが

浦里はあとを見送り、これが別れとなれば今さらに、涙にくれていたが、

アノ時ときさんは何処どこにどうして居ゐさんす事ことぢややら、ま一度いちど顔かほが見みたい逢あひたいわいなア

あの時さんは、どこにどうしておいでのことじゃやら。もう一度顔が見たい、逢いたいわいなあ。

昨日きのふの花はなは今日けふの夢ゆめ〔合〕今いまは我わが身みにつまされて、義理ぎりといふ字じは是非ぜひもなや

昨日の花は今日の夢。今はわが身につまされて、義理という字は仕方もない。

アノ二階にかいで弾ひく三味線さみせんを、聞きくにつけても思おもひ出だす、日外いつぞや主ぬしが居続ゐつゞけに、寝衣ねまきの儘まゝに引ひきよせて、弾ひく三味線さみせんの面白おもしろさ、それに引換ひきかえ今宵こよひの苦くるしみ、アヽ味気あぢきない浮世うきよぢやなア

あの二階で弾く三味線を聞くにつけても思い出す。いつぞやあなたが居続けのとき、寝間着のまま引き寄せて弾いた三味線の面白さ。それに引き換え今宵の苦しみ。ああ、味気ない浮世じゃなあ。

好すいた男をとこにわしや命いのちでも〔合〕なんの惜をしかろぞ露つゆの身みの、消きえば恨うらみもなきものを

〽好いた男に、わたしは命でも何の惜しかろう。露の身が消えるなら、恨みもないものを。

わしが此この身みはどうなるとも

わたしのこの身はどうなろうとも——

仮令たとへこの身みは淡雪あはゆきと、倶ともに消きゆるも厭いとはぬが〔合〕此この世よの名残なごりに今いま一度いちど、逢あひたい見みたいとしやくりあげ〔合〕

たとえこの身は淡雪とともに消えるのも厭わないが、この世の名残にもう一度、逢いたい、見たいとしゃくりあげ、

狂気きやうきの如ごとく心こゝろも乱みだれ、涙なみだの雨あめに雪ゆきとけて、前後ぜんご正体しやうたいなかりけり

狂ったように心も乱れ、涙の雨に雪も解けて、前後も知らず泣き伏した。

男をとこはかねて用意よういの一ひとト腰こし、口くちに咬くはへて身みを堅かため、忍しのび忍しのびて屋根やね伝づたい、見みるに浦里うらざと嬉うれしやと、悲かなしさこはさあぶなさに、可愛かはいと一ひとト声こゑ明あけがらす、後のちの浮名うきなや残のこるらん残のこるらん

男はかねて用意の一腰を口にくわえて身を固め、忍び忍んで屋根伝いにやって来る。見て浦里は、嬉しや——と、悲しさ、怖さ、危うさに、「かわい」とひと声鳴く明烏。後の浮名が残ることであろう、残ることであろう。

詞章は声曲文芸研究会『声曲文芸叢書』第三編 清元集(明治四十二年)の校訂本文(著作権消滅)による。繰り返し記号は読みやすく展開し、合方の指示は省いた。繰り返し記号は直前の語句を繰り返すものとして展開したが、どこまでを一語と見るかはこちらの判断による。

原典の資料の題名は『明烏花濡衣』で、ここに収めるのはその下の巻(原典の見出しは「明烏(下)」)。原典の目次に括弧書きで「浦里時次郎」とある。作者の記載は原典にない。上の巻は当ライブラリの清元「明烏(上)」。

浦里時次郎の話は、新内節の「明烏夢泡雪」で広く知られ、雪の庭での折檻(雪責め)と時次郎の忍び入りはその眼目の場。当ライブラリの「明がらす」(『歌撰集』の小品)は題が近いが別の曲。

原典の長い一行(亭主の詞「ヤイ浦里」から「浦里に気をつけい」まで)は、読みやすさのため「知れた事だ、」「詮索だア、」の切れ目で三段に分けた(字句は同じ)。

「可愛と一ト声明がらす」は、烏の鳴き声「かあ」に「可愛」を掛ける。「一ト腰」は刀一振り。「業欲張」は強情者をののしる語と見た。

語義を定めがたい箇所は原典のまま残した。「此のじう」(この中、すなわちこのあいだの意と見た)、「とゞのくゝり」(とどのつまりの意と見た)。

繰り返し記号は、直前の語句を繰り返すものとして展開した(忍び/\て→忍び忍びて、残るらん/\→残るらん残るらん)。

原典の用字「引換え」「伝い」「仮令」はそのまま残した。

流儀・稽古本によって仮名遣いや字句に異同があるため、演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。