長唄
明の鐘あけのかね
長唄 めりやす 別題『宵は待ち』 作詞者・作曲者・初演年不詳

宵は待ちわび、来ぬを恨み、暁には別れ——後朝の別れを、明けを告げる鶏の声と鐘の音に託した、ごく短いめりやすの小品。結びの「鐘は上野か浅草か」は芭蕉の句の言い回しによる。
あらすじ
宵のうちは待ちわびて、来ないのを恨んで、暁にはもう別れ。その別れを告げる鶏だと、皆が言う。憎まれ口な——ああ、あれが鳴くわいな。聞きたくもない耳にも聞こえてくる、明けの鐘の音は、上野か、浅草か。
詞章と現代語訳
宵は待ち、そして恨みて暁の、別れの鶏と皆人の
宵のうちは待ちわびて、来ないのを恨んで、暁にはもう別れ。その別れを告げる鶏だと、皆が言う。
憎まれ口な、あれ鳴くわいな、聞かせともなき耳にても、鐘は上野か浅草か
憎まれ口な——ああ、あれが鳴くわいな。聞きたくもない耳にも聞こえてくる、明けの鐘の音は、上野か、浅草か。
この曲は詞章集の校訂本文(声曲文芸研究会『声曲文芸叢書』第二編 長唄集、明治四十二年刊・著作権消滅)により、合方の指示は省いた。資料はめりやすに分類し、別題を「宵は待ち」とする。
「宵は待ち」は、宵は待ちわび、更けては恨み、暁には別れを惜しむという、逢瀬のひと夜の移りをひと息に言った文句。明けを告げる鶏は、別れを急かす憎まれ役である。
「鐘は上野か浅草か」は芭蕉の句「花の雲鐘は上野か浅草か」の言い回しを借りて、明六つの鐘に後朝の名残を託したもの。
作詞者・作曲者・初演年は原典に記載がない。流儀・稽古本によって仮名遣いや字句にも異同があるため、演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。