藤舎の紋 藤舎名玄TOSHA MEIGEN ― 詞章ライブラリーへ戻る
長唄

忍車しのびぐるま

長唄  別題『百夜車』  作詞者・作曲者・初演年不詳

忍車 稲荷の参道の御所車
稲荷の参道の御所車

深草少将の百夜通いを下敷きに、稲荷の社へ通う車を「忍び車」と呼び、榻の端書きに幾夜を数える恋を歌う。後半は木枯らしの中の立ち回りに転じ、紅葉葉の散る谷川、河鹿の声も嗄れ、行方も知れぬ白浪に納める。別題「百夜車」。

あらすじ

それ、西山は高くして、夕日も早く落ちる落葉のころ。梢の風に雲が立ち、はこぶ時雨の宵闇に、神の御灯ぞ尊い。稲魂の御社へ通う車を、われからと胸に思いは深草の、昔を忍ぶ隠れ里。老女の化粧はもの凄く、雲間を漏れる月影を、見越が嶽や山里を、君に引かれてそこはかとなく、車のもとへ辿りつく。榻の端書きに幾夜を数えたか。忍び車の恋衣、着つつ情けもいつしかに、網代車のつれなさは、力車の力にも、引くに引かれぬ手車や。七つの車に積みかねた思いを晴らしてくだされと、恨みにしめる村時雨。濡れによる身の傘に——峰から吹き下ろす木枯らしの音も烈しく、ばらばらと散るのは木の葉か、あらしこか。打ってかかるを身をかわし、くるりくるくると、あちらこちらへ飛び回る。風の手に舞う紅葉葉も、果ては流れる谷川に。河鹿の声も嗄れがれと、行方はいずこ、立つや白浪。

詞章と現代語訳

夫それ西山せいざん高たかふして、夕日ゆふひも早はやく落葉時おちばどき、梢こずゑの風かぜに雲くもたちて、はこぶ時雨しぐれの宵闇よひやみに、神かみの御灯みあかしぞ尊たふとけれ

それ、西山は高くして、夕日も早く落ちる落葉のころ。梢の風に雲が立ち、はこぶ時雨の宵闇に、神の御灯ぞ尊い。

稲魂うかのみたまの御社みやしろへ、通かよひ車ぐるまのわれからと、胸むねに思おもひぞ深草ふかくさの、昔むかしを忍しのぶ隠かくれ里ざと

稲魂の御社へ通う車を、われからと胸に思いは深草の、昔を忍ぶ隠れ里。

老女らうぢよの化粧けはひもの凄すごき、雲間くもまをもるゝ月影つきかげを、見越みこしが嶽たけや山里やまざとを、君きみに引ひかれてそこはかとなく、車くるまの許もとへ辿たどりつき

老女の化粧はもの凄く、雲間を漏れる月影を、見越が嶽や山里を、君に引かれてそこはかとなく、車のもとへ辿りつき。

榻しぢのはしかぎ幾夜いくよさか、忍しのび車ぐるまの恋衣こひごろもきつゝ情なさけもいつしかに、網代車あじろぐるまのつれなさは、力車りきしやのちからにも、引ひくに引ひかれぬ手車てぐるまや、七ななの車くるまに積兼つみかねし、思おもひをはして給たまれと、恨うらみにしめる村時雨むらしぐれ

榻の端書きに幾夜を数えたか。忍び車の恋衣、着つつ情けもいつしかに、網代車のつれなさは、力車の力にも、引くに引かれぬ手車や。七つの車に積みかねた思いを晴らしてくだされと、恨みにしめる村時雨。

濡ぬれによる身みの傘かさに

濡れによる身の傘に。

峰みね吹下ふきおろす凩こがらしの、音おとも烈はげしくばらばらばら、散ちるは木この葉はかあらしこが

峰から吹き下ろす木枯らしの音も烈しく、ばらばらばら。散るのは木の葉か、あらしこか。

打うつてかゝるを身みをかはし、くるりくるくるくるくる、彼方此方あちこちへ飛廻とびまはる、風かぜの手てに舞まふ紅葉葉もみぢばも、果はては流ながるゝ谷川たにがはに、河鹿かじかの声こゑもかれがれて、行衛ゆくゑ何処いづこと立たつや白浪しらなみ

打ってかかるを身をかわし、くるりくるくるくるくると、あちらこちらへ飛び回る。風の手に舞う紅葉葉も、果ては流れる谷川に。河鹿の声も嗄れがれと、行方はいずこ、立つや白浪。

この曲は詞章集の校訂本文(声曲文芸研究会『声曲文芸叢書』第二編 長唄集、明治四十二年刊・著作権消滅)により、繰り返し記号は読みやすく展開し、合方の指示は省いた。別題は「百夜車」。

深草少将が小野小町のもとへ百夜通ったという伝説を下敷きにする。「榻の端書き」は牛車の榻に通った夜数を刻むこと。「深草」は地名に「深く」を掛ける。

「稲魂の御社」は伏見稲荷。「見越が嶽」は京の東山の峰の名。

「網代車」「力車」「手車」「七の車」と車の名を数え上げるのが眼目で、曲名の「忍び車」もその一つ。「引くに引かれぬ」は車の縁語。

後半は立ち回りの手が付く見せ場。「あらしこ」は語義が定めがたく、推測で埋めず原典のまま残した。荒らし子(荒れ狂うもの)か。

「立つや白浪」は盗賊をいう白浪に、波の立つ意を掛けた結び。

作詞者・作曲者・初演年は原典に記載がない。流儀・稽古本によって仮名遣いや字句にも異同があるため、演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。