藤舎の紋 藤舎名玄TOSHA MEIGEN ― 詞章ライブラリーへ戻る
常磐津

宗清むねきよ

常磐津  奈河本助 述  本名題『恩愛瞔関守』  別題『雪の常盤』  作曲者・初演年不詳

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宗清 雪の常盤
雪の常盤

平治の乱に敗れた源義朝の側室・常盤御前が、今若・乙若・牛若の三人の子を連れて雪の中を落ちのびる。小幡の関で関守の平宗清に見咎められるが、宗清は高札の「松を手折て松を助く」の一句に託して三人を見逃す。

あらすじ

主君の命を受けた宗清が守るのは夜の関。敵も夜嵐も隔てて厳しい板廂。降りしきる雪に野も山も白妙となり、いつしか頭にも雪が積もる。六波羅からの上意は、左馬頭義朝の子はすべて見つけ次第に首を打てという清盛の厳命。ただしその制札に「松を手折て松を助く」と内府重盛の言葉が添えられているのが、いかにも心ありげである。関守は話し相手もなく退屈で、眠気を避けるために兵書を開く——孫康が雪明かりで読んだという故事にならって。一方、故郷を出たときにまさる涙にくれながら、呉竹の伏見なる知る辺を訪ねようと、常盤御前は紫竹の里を出た。歩き馴れぬ道芝、雪は剣のように足を刺し、裳の紅が雪に映える。今若を袖にかばい、牛若は懐に抱いて、凍える乳房で抱き寝をする。母さま危のうございます、怪我をなさるなと今若が言えば、常盤は、頼りに思うのはそなたばかりと答え、平家の武士に見咎められぬようにと諭す。乙若はもう歩くのはいやだと言い出し、あれ、向こうが雪明かりで鳥羽の縄手、小幡の里だと励まされる。やがて雪風に笠を取られ、杖にすがって道もせを行き悩む。そこへ関の番卒が咎める——夜中といい怪しい女、名乗って通れ。都の市人が伏見の知る辺を訪ねる途中だと言うが、なお怪しいと立ち上がるところへ宗清が制する。子連れの女なら源氏の残党にふさわしい、自分が直々に糺そう。氷る足駄に善悪の道を踏み分けて庭へ出れば、供も連れず幼子を連れた賤しからぬ上臈がひとり。はて、あでやかな。宗清は告げる。義朝の子らは所々に漂泊し、なかでも五条の雑仕・常盤の腹には三人の男子があるという。この宗清の眼力に、一目見たならば逃れられぬ。常盤なりと白状せよ。子のある女はどこにでもいると抗えば、言い訳は無用、芙蓉のまなじり、国色の聞こえある常盤御前がほかであろうはずがない、福原へ引き立てると迫る。是非もなく引き立てられ、巣を離れた鶯が吹雪に迷うありさま。もうこうなっては籠の鳥、逃がしはせぬ——しかし一人ならず三、四人、思えば不憫でもある。おお幸いと、宗清は後ろの高札の雪を打ち払う。これを見よ、この高札に「松を手折て松を助く」とある。素性を明かして助かるか、いや、もし常盤なら手にかける、また松ならば助けるとも。思案を極めて返答いたせ。なるほど、わらわこそその常盤、とても叶わぬこの身の行く末、さあ潔く手にかけよ。おお、よい覚悟、観念なされ——抜き放った氷の刃は峰の吹雪に照り映え、夜半の月かと見まがううちに、刃はそれて谷陰の岩の間へ、雪を散らして落ちた。やや、それは自ら助けようとて。松を助けよという制札、掟厳しい清盛どのが「松の操を破れ」という謎——それが解ければ、その松の雪も解けよとの君の厳命。ではその松に松の操を。色変えぬ松、色変える松。して三人のこの子どもらは。小枝も□に、雪を払って。ただちにこれより、さあ参ろう、いざお供をと、宗清に助けられた幼子たち。その源は谷の音、峰の谺と伝え聞いて、南柯の夢と覚めたのであった。

詞章と現代語訳

君命くんめい受うけて宗清むねきよは、身みを片糸かたいとの夜よの関せき、守まもれば敵てきも夜よあらしも、矢猛心やたけごころの矢屏風やびやうぶに、隔へだて厳きびしき板廂いたびさし

主君の命を受けて宗清が、身を片糸のように張りつめて守る夜の関。守れば敵も夜嵐も、矢猛心の矢屏風に隔てて、そのかまえは厳しい板廂よ。

降ふりたる雪ゆきかな、野のも山やまも皆みな白妙しろたへと、いつか頭かしらに積つもる雪ゆき、寒さむさに負まけぬ宗清むねきよが、六波羅ろくはらよりの上意じやういを受うけ、左馬頭さまのかみが枝葉えだはの子供こども、見みつけ次第しだいに首打くびうてと、清盛公きよもりこうの厳きびしき掟おきて、其その制札せいさつに松まつを手折たをりて松まつを助たすくと、内府だいふ重盛殿しげもりどのの詞ことばを給たまふは、何様なにさま心こころあり気げな御掟おんおきて

降りしきる雪であることよ。野も山もみな白妙となり、いつしか頭にも雪が積もる。寒さに負けぬ宗清は、六波羅からの上意を受けている。左馬頭義朝の血筋の子は見つけ次第に首を打てという清盛公の厳しい掟。だがその制札に「松を手折りて松を助く」と内府重盛どのの言葉を添えて下されたのは、いかにも心ありげな御掟である。

兎とにも角かくにも関守せきもりは、話相手はなしあひてのないので退屈たいくつ、睡魔すいまを避さくる此この兵書へいしよ、治世ちせいに乱らんを忘わすれぬため、彼かの孫康そんかうが雪ゆきあかり、どりや友人いうじんを開ひらいて見みやうか

とにもかくにも関守は話し相手もなく退屈である。眠気を避けるためのこの兵書、治まる世にあって乱を忘れぬため——かの孫康が雪明かりで読んだという故事にならって、どりゃ、書物という友を開いてみようか。

古郷ふるさとを出いでしにまさる涙なみだかな、夢ゆめに別わかるる枕まくらとは、実げに定家ていかが詠歌えいかも

故郷を出たときにもまさる涙であることよ。夢のなかで別れる枕とは——まことに定家の詠んだ歌も、こういう心であったか。

身みに呉竹くれたけの伏見ふしみなる、知辺しるべの方かたを訪たづねんと、紫竹しちくを出いでてあとや先さき

身にしみる呉竹の——その節ではないが、伏見にある知る辺の方を訪ねようと、紫竹の里を出てあとや先になりながら。

歩あゆみ習ならはぬ道芝みちしばの、雪ゆきの剣つるぎに裳もさへ、紅色べにいろさそふ照草てりくさの、今いまは果敢はかなき常盤ときはの前まへ、いたはしや今若いまわかとて若君わかぎみを両袖りやうそでに、包つつめど余あまるうき事ことの、世よをうし若わかは懐中ふところに、凍こほる乳房ちぶさを抱だき寐ねの

歩き馴れぬ道芝の、雪は剣のように足を刺し、裳の紅までも雪に映える——その照る草のように。今ははかない身の常盤御前。いたわしいことに、今若という若君を両袖にかばい、包んでも包みきれぬ憂き事のなか、世を憂しという、その牛若は懐に入れて、凍える乳房で抱き寝をする。

顔かほを見みるさへいとど尚なほ、歩あゆみつかれておはしける

その顔を見るにつけてもいっそう心が痛み、歩き疲れておいでになった。

母様ははさまあぶなう御座ござります、必かならず怪我けがして下くださるなや

「母さま、危のうございます。けっしてお怪我などなさいますな」

ヲヲ今若いまわかよう言いうてたもつた、紫竹しちくの里さとを出いでしより、たよりに思おもふは其方そなたばかり、思おもへば昨日きのふは昔むかしにて、鏡かがみが石いしに蔭かげたのみ、三人さんにんの子供こどもはまうけても、御運ごうん拙つたなき源げんの此この行末ゆくすゑ、必かならず平家へいけの武士ぶしに、見咎みとがめられぬやうにしてたもや、兎角とかくいふうち伏見ふしみへも間まはない、二人ふたりとも辛棒しんばうして歩あるいてたもや

「おお今若、よう言うてくれた。紫竹の里を出てからは、頼りに思うのはそなたばかり。思えば昨日は昔となり、鏡が石に影を頼んで三人の子はもうけたけれど、運つたなき源氏のこの行く末。けっして平家の武士に見咎められぬようにしておくれ。とかく言ううちに伏見までも間はない。二人とも辛抱して歩いておくれ」

言いへど乙若おとわか頑是ぐわんぜなく

そうは言っても乙若は聞き分けがなく。

もう歩あるくのはいやぢやいやぢや

「もう歩くのはいやじゃ、いやじゃ」

アア是これは又またどうしたもの、今いまにねんねをさす程ほどに、聞分ききわけて歩あるくものぢや、それ見みや向むかふが雪明ゆきあかりで、鳥羽とばの縄手なはてや小幡をばたの里さと

「ああ、これはまたどうしたこと。今にねんねさせてやるほどに、聞き分けて歩くものじゃ。それ、ご覧。向こうが雪明かりで、鳥羽の縄手、小幡の里じゃ」

軈やがて小幡をばたの山越やまごえて、馬うまはあれども徒歩かち徒跣はだし、君きみを思おもへば行ゆくぞとよ、あるくものには花紅葉はなもみぢ、花はなの手車てぐるま手てを引ひきて

やがて小幡の山を越えて、馬はあっても徒歩、しかも跣で。夫を思えばこそ行くのである。歩く道すがらには花も紅葉も——花の手車、その手を引いて。

歩あゆみかかれば雪風ゆきかぜに、笠かさを取とられしつく杖つゑの、雪ゆきに涙なみだも玉鉾たまぼこの、其その道みちもせを行悩ゆきなやむ

歩き出せば雪風に笠を取られ、すがりつく杖。雪に涙もこぼれて、玉鉾の——その狭い道を行き悩む。

ヤア夜中やちうといひ怪あやしい女をんな、稚子をさなごを大勢おほぜい連つれて此この関せきを越こす気きであらうが、此所ここは小幡をばたの関せき

「やあ、夜中といい怪しい女。幼子を大勢連れて、この関を越す気であろうが。ここは小幡の関だぞ」

義朝よしともが残党ざんたう詮議せんぎの為ため、宗清殿むねきよどのの厳きびしい堅かため、サア有様ありやうに名乗なのつて通とほれ

「義朝の残党を詮議するため、宗清どのの厳しい固めである。さあ、ありのままに名乗って通れ」

サア妾わらははもと都みやこの市人いちびと、伏見ふしみの辺あたりへ知辺しるべあつて、尋たづぬる内うちに此この大雪おほゆき、二人ふたりの子供こどもに道みちはかゆかず、思おもはず日ひを暮くらしたり、どうぞ情なさけに此この関せきを

「さあ、わたくしはもと都の市人でございます。伏見のあたりに知る辺があって訪ねるうちにこの大雪。二人の子を連れて道もはかどらず、思わず日を暮らしてしまいました。どうぞお情けにこの関を」

ヤアそうぬかす程ほど猶なほ怪あやしい、サア女をんなめと立上たちあがれば

「やあ、そう抜かすほどなお怪しい。さあ女め」と立ち上がれば。

ヤレ待まて両人りやうにん、聞きけば子供こどもを連つれた女をんなとな、源氏げんじの余類よるゐに似合にあひの註文ちうもん、身みがぢきぢきに糺たゞしてくれう

「やれ待て、両人。聞けば子どもを連れた女とな。源氏の残党にふさわしい注文よ。わしが直々に糺してくれよう」

何なにか思案しあんの宗清むねきよが、氷こほる足駄あしだに善悪ぜんあくの、邪正じやしやうの道みちを踏分ふみわけて、関せきの扉とびらの庭にはづたひ

何か思案のある宗清が、氷る足駄で善悪の——邪と正との道を踏み分けながら、関の扉のうちの庭づたいに出てくる。

賎いやしからざる上臈じやうらふの供ともを連つれず只ただ一人ひとり、見みれば稚をさない子供こどもをつれ、ハテあでやかな

賤しからぬ上臈が供も連れずただ一人。見れば幼い子どもを連れている。「はて、あでやかな」

屹きつとながめて居ゐたりしが

きっと見つめていたが。

コリヤ女をんなよく聞きけよ、今いま四海しかい漸やうやく穏おだやかなるも、先達せんだつて亡ほろびたる、左馬頭さまのかみ義朝よしとも、大勢おほぜいの子供こどもあつて、所々しよしよ方々はうばうに漂泊へうはくなし、殊ことに五条ごでうの雑仕ざふし常磐ときはが腹はらには、三人さんにんの男子なんしあるよし、生置いけおいては後日ごにちのため、見付みつけ次第しだいに首くびうてと、新あらたに立たてし此この関所せきしよ、此この宗清むねきよが眼力がんりきに、一目ひとめ見みたればのがれは無ない、常盤ときはなりと白状はくじやういたせ

「こりゃ女、よく聞け。いま四海はようやく穏やかになったが、先ごろ亡びた左馬頭義朝には大勢の子があって、所々方々に漂泊しているという。ことに五条の雑仕・常盤の腹には三人の男子があるよし。生かしておいては後日のため、見つけ次第に首を打てと新たに立てたこの関所である。この宗清の眼力に、ひとたび見られたからには逃れはせぬ。常盤であると白状いたせ」

様子やうす問とはれてふさがる胸むね

そう問い詰められて、ふさがる胸。

エエそんなら三人さんにんの子供こどもがある故ゆゑに、サア其その疑義ぎぎも子供こども故ゆゑ、子このある女をんなは何国いづくにも

「ええ、それでは三人の子があるというだけで——さあ、そのお疑いも子ゆえのこと。子のある女はどこにでもおりましょうに」

アア言いはれな其その言訳いひわけ、子供こどもの事ことは扨置さておきて、言いはずと知しれた芙蓉ふようの目眦まなじり、国色こくしよくの聞きこえある常磐御前ときはごぜん、ほからあらう筈はずがない、身みが引立ひきたてて福原殿ふくはらどのへ

「ああ、その言い訳は無用。子どものことはさておいて、言わずと知れた芙蓉のまなじり。国色の聞こえ高い常盤御前が、ほかであろうはずがない。わしが引き立てて福原どのへ」

すりや私わたしをどうあつても、ほんに思おもへば此身このみの濡衣ぬれぎぬ、是非ぜひもなき世よの有様ありさまぢやなあ

「すりゃわたくしを、どうあってもと。ほんに思えばこの身の濡れ衣。是非もない世のありさまじゃなあ」

コリヤ者共ものども、大事だいじの落人おちうど関所せきしよの庭にはへ

「こりゃ者ども。大事の落人じゃ、関所の庭へ」

サア女をんなめ立たたう

「さあ女め、立とう」

是非ぜひなくぜひなくもあらしこに、引立ひきたてられて常磐御前ときはごぜん

是非もなく、是非もなく——あらしこに引き立てられて、常盤御前は。

すき間まもあらば遠近をちこちの、たつきも知しらぬ関せきの庭には、巣すを離はなれたる黄鳥うぐひすの

すき間もあればと思うけれど、あちらこちらの手がかりも知らぬ関の庭。巣を離れた鶯が。

吹雪ふぶきに迷まよふ風情ふぜいなり

吹雪に迷うような風情である。

もう斯かうなつては籠中ろうちうの鳥とり、逃にげるとて逃にがしはせぬ、然しかし一人ひとりならず三四人さんよにん、思おもへば不憫ふびんな事ことでもある、ヲヲ幸さいはひさいはひ

「もうこうなっては籠中の鳥。逃げようとて逃しはせぬ。しかし一人ならず三、四人——思えば不憫なことでもある。おお、幸い、幸い」

うしろに立たちし高札かうさつの雪ゆき打払うちはらひ文字もじのあや

うしろに立っていた高札の雪を打ち払う——その文字のあやよ。

コレ是これを見みよ、此この高札かうさつに松まつを手折たをりて松まつを助たすく

「これ、これを見よ。この高札に『松を手折りて松を助く』とある」

操みさをにかけし詞ことばづめ、返事へんじを松まつの高札かうさつに、手折たをるとも助たすくるとも

操に掛けた言葉づめ。返事を待つ——その松の高札に、手折るとも助けるとも。

此この宗清むねきよへ仰おほせなれど

この宗清への仰せではあるけれど。

生いけては置おかぬ落人おちうどの

生かしてはおかぬ落人の。

素性すじやうを明あかして助たすかるか、イヤサもし常盤ときはなら手てにかける、又また松まつならば助たすけるとも、思案しあん極きはめて返答へんたふ致いたせ

「素性を明かして助かるか。いやさ、もし常盤なら手にかける。また松ならば助けもする。思案を極めて返答いたせ」

サア夫それは

「さあ、それは」

サアサアサア

「さあ、さあ、さあ」

成程なるほど妾わらはこそ其その常磐ときは、とても叶かなはぬ此身このみの行末ゆくすゑ、サア潔いさぎよう手てにかけて

「なるほど、わらわこそその常盤。とても叶わぬこの身の行く末。さあ、潔く手にかけてくださりませ」

ヲヲよい覚悟かくご観念くわんねんなせ

「おお、よい覚悟。観念なされ」

抜放ぬきはなしたる氷こほりの刃やいば、峰みねの吹雪ふぶきに照てりさそふ、光ひかるは夜半よはの月代つきしろと、見紛みまがふうちにこは如何いかに、刃物はものはそれて谷影たにかげの、岩いはの間あひだに雪散ゆきちりたり

抜き放った氷のような刃は、峰の吹雪に照り映えて、光るのは夜半の月かと見まがううちに——これはいかに。刃はそれて谷陰の岩の間へ、雪を散らして落ちた。

ヤヤそりや自みづから助たすけんとて

「やや、それは自ら助けようとて」

松まつを助たすくる制札せいさつの、掟おきて厳きびしき清盛殿きよもりどの、松まつの操みさをを破やぶれといふ、謎なぞが解とくれば其その松まつの、雪ゆきも解とけよと君きみの厳命げんめい

「松を助けよという制札。掟厳しい清盛どのが『松の操を破れ』という、その謎。それが解ければ、その松の雪も解けよという君の厳命である」

スリヤ其その松まつに松まつの操みさをを

「すりゃ、その松に松の操を」

色いろかへぬ松まつ色いろかへる松まつ

色を変えぬ松、色を変える松。

シテ三人さんにんの此この子供こどもは

「して、三人のこの子どもらは」

小枝こえだも□に

「小枝も□に」(この一字は原典で判読できない)

雪ゆきを払はらふて

雪を払って。

直様すぐさまこれより、サアサア参まゐらう、イザ御供おんともと宗清むねきよに、助たすけられたる稚子をさなごの、其その源みなもとは谷たにの音おと、峰みねの谺こだまと音信おとづれて、南柯なんかの夢ゆめと覚さめにける

ただちにこれより、さあさあ参ろう、いざお供をと——宗清に助けられた幼子たち。その源氏の源は谷の音、峰の谺となって世に伝えられ、この一夜は南柯の夢と覚めたのであった。

この曲は常磐津。詞章は声曲文芸研究会『声曲文芸叢書』第四編 常磐津集(明治四十二年刊・著作権消滅)所収の本文により、繰り返し記号は読みやすく展開した。

本名題は『恩愛瞔関守』。別題を『雪の常盤』という。詞は奈河本助。作曲者・初演年は原典に記載がない。

平治の乱ののち、源義朝の側室・常盤御前が今若・乙若・牛若の三人を連れて雪の京を落ちのびる件による。関守の平宗清は『平治物語』などに見える平頼盛の家人で、常盤母子を捕らえながら情をかけた人物として語られる。

眼目は高札の「松を手折て松を助く」。表向きは源氏の子を討てという清盛の命でありながら、重盛が添えたこの一句を、宗清は「松の操を破って(源氏の子を助けて)よい」という謎と読み解く。常盤が名乗るのを聞いたうえで刃をわざと外し、松の雪を払って三人を通してやる。

「色かへぬ松色かへる松」は、常磐の松(節を変えぬもの)と、その操を変える松とを言い分けたもの。曲名の常磐津にも掛かる。

「孫康が雪あかり」は晋の孫康が雪明かりで書を読んだという故事。蛍雪の功の「雪」にあたる。

「世をうし若」は「世を憂し」に牛若を掛ける。

「芙蓉の目眦」「国色」はいずれも美人をいう語。常盤御前が都でも指折りの美女であったことによる。

「南柯の夢」は唐の淳于棼が槐の木の下で見たという夢の故事。はかない夢のたとえ。

終わり近くの「小枝も□に」の一字は、原典の翻刻でも判読できない字になっている。推測で補わず□のまま残した。

「あらしこ」「照草」は語義が定めがたく、推測で埋めず原典のまま残した。

原典は「常盤」「常磐」の両方の表記を用いる。改めずそのままにした。

流儀・稽古本によって仮名遣いや字句に異同があるため、演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。