嫁菜摘よめなつみ
清元 本名題『道行誰夕月』(みちゆきたれもゆうづき) 作者・作曲者・初演年不詳

おはやと与兵衛の道行(原典の目次に括弧書きで「おはや与兵衛」とある)。おはやは与兵衛の兄十次兵衛の妻で、ふとした間違いから不義の浮名を立てられ、二人は死を覚悟して春の野道を行く。途中、嫁菜や田芹を摘む在所の娘と、子供相手に相撲人形を操る商人が行き合い、「濡髪に放駒」の取組、九尺二間の裏長屋の法螺話、鰌の田舎唄と、にぎやかな掛け合いになる。この二人が心中しようとするおはや与兵衛を見つけて引き止め、狐に化かされて死にそこない夫婦の道心坊になった村の話、大晦日の借金の淵の話で「死んで花実は咲きやせまい」と諭して去る。けれども結びは「既に草の上、露の命や奈何ならん」で、二人の行く末を響かせて終わる。心中の道行なので、席によっては扱いに心を配りたい。
あらすじ
浮気な鶯が梅を捨てるような噂に、おはやと与兵衛は顔を見合わせるのも恥ずかしい。世間は夫婦だと噂するが、おはやは与兵衛の兄嫁。ふとした間違いから不義の浮名が立ち、与兵衛はお前は生きながらえてわけを兄上へ話せと言い、おはやは母上のさげすみ、十次兵衛様のお腹立ちを思えば一人生きてはいられないと、一緒に死ぬことを願う。二人が渡しの方へ向かうころ、在所では娘が嫁菜や田芹を摘み、子供相手の商人が「濡髪に放駒」と相撲人形の取組を見せて娘をからかう。商人は江戸へ嫁に来ないか、わしの女房にならないかと口説き、御殿のような住まい——と思ったのは口ばかり、九尺二間の裏長屋と白状する。娘は鰌の田舎唄で受け流す。そこへ死のうとするおはや与兵衛が駆けてくるのを二人が見つけて止め、一昨年の祭の晩、心中しようとした村の二人が狐に化かされて死にそこない、坊主になって夫婦の道心坊となった話や、大晦日の借金の淵に身を投げようかと思っても正月には雑煮で腹の春、命あっての物種と諭す。「死んで花実は咲きやせまい」と言い置いて、暮れ六つの鐘とともに去ってゆく。おはや与兵衛は親切な意見をよく聞き入れはするものの、また妨げの入らぬうちにと草の上に座り、露の命はどうなることか、と結ぶ。
詞章と現代語訳
浮気黄鳥梅を捨て〔合〕
浮気な鶯が梅を捨てて——
隣歩きの戯歌も、胸にあたりの人目さへ、あやなき帯の凍解て
隣の枝を渡り歩く戯れ歌も胸にこたえ、あたりの人目さえはばかられる。わけもなく帯は凍てが解けるように解けて、
見合す顔も今更に、おはや与兵衛は恥かしと、夕べの契〔合〕暗き身を、
見合わせる顔も今さらに、おはやと与兵衛は恥ずかしいと、ゆうべの契りの後ろ暗い身を——
余所には知らで女夫ぢやと〔合〕噂も辛きみだけ苧や、麻苧と綽名もつゝましく〔合〕
よそでは事情も知らずに夫婦だと噂する。それもつらい、みだけ苧よ、麻苧よとあだ名されるのも気恥ずかしく、
世継畷と聞からに、其の兄嫁と言訳も、涙ふりしく春雨に
世継畷と聞くにつけても、兄嫁なのだと言い訳もできず、涙の降りしきる春雨に——
不図した事の間違で、斯うなつた二人が身の上、
ふとしたことの間違いで、こうなった二人の身の上。
死なねばならぬと言ひながら、心中と浮名もたてば、尚々もつて済まぬ義理、お前はどうぞ生ながらへ、訳をとつくり兄者人へコレおはやさま
死なねばならぬとは言いながら、心中と浮名が立てば、なおさら義理が済まない。お前はどうか生きながらえて、わけをよくよく兄上へ——これ、おはやさま。
復そんなこと言ふて下さんすか、なんぼ私が女子ぢやとて
またそんなことをおっしゃいますか。いくらわたしが女だからといって——
浮名は同じ罪科の〔合〕のがれぬ縁か露程も〔合〕互に訳も〔合〕難波江の、蘆の苅穂のひと夜さに〔合〕
浮名は同じ罪科。逃れられない縁なのか、露ほども互いにわけもなく、難波江の蘆の刈り根のひと夜のように——
思ひ違のよしなしや、契し事は〔合〕薄く共
思い違いのつまらなさ。契ったことは薄い縁でも——
心に嘘は情ない、流の果と〔合〕嘸や嘸
心に嘘はないのに情けない。流れの果ての女よと、さぞや、さぞ——
おふくろ様のおさげすみ〔合〕
おふくろ様のおさげすみ。
十次兵衛様のお腹立〔合〕不義ぢやなけれど何とまあ、一人長らへ居られうぞ
十次兵衛様のお腹立ち。不義ではないけれど、なんとまあ、ひとり生きながらえていられましょうか。
心の内を推量して
心のうちを推し量って、
とても因果と諦めて
どうせ因果とあきらめて、
どうぞ一所に与兵衛さん
どうか一緒に、与兵衛さん。
ハテ何とせう是非がない、此の上は諸共に暮るを暫し
はて、どうしよう、仕方がない。この上は諸共に——日の暮れるまでしばし。
いざとは言へど手もとらで、先へ立場を曲りがね渡しの方へと
いざとは言っても手も取らず、先へ、立場を曲がりかねて、渡しの方へと——
『こゝら在所にナアよいこの嫁菜〔合〕田芹摘むとて〔合〕畦道伝い〔合〕流飛越え一寸小褄を濡した、アヽしよんがいなア〔合〕
〽このあたりの在所になあ、よい子の嫁菜。田芹を摘むとて畦道伝い、流れを飛び越えて、ちょいと小褄を濡らした、ああ、しょんがいなあ。
あとにも軽き口拍子〔合〕身過世過や五六つ七つ〔合〕子供相手の商人が、サア取組だ〔合〕関と関と
あとから軽い口拍子。身過ぎ世過ぎに、五つ六つ七つの子供相手の商人が、「さあ取組だ、関と関と——
今が勧進大相撲〔合〕そりや濡髪に放駒〔合〕負けるなどつこいコリヤコリヤコリヤコリヤ〔合〕コリヤ可愛らしちよな娘、コレどうでんす
今が勧進大相撲。そりゃ濡髪に放駒、負けるな、どっこい、こりゃこりゃこりゃこりゃ」。こりゃかわいらしい娘だ。これ、どうです。
オヤ〔合〕何しなさる置しやませ、見れば如才もなんぢやゝら〔合〕鴨や羽白は売りもせで〔合〕相撲取とはコリヤ可笑し、
おや、何をなさる、およしなさいませ。見れば抜け目もなんじゃやら。鴨や羽白を売りもせずに相撲取りとは、こりゃおかしい。
イヤ可愛鴉に〔合〕起されて、朝から晩までどつこいどつこい、足にまかせで気まかせに、蝶も遊ぶや若草に、引れ引れて来りける
いや、かわいい鴉に起こされて、朝から晩までどっこいどっこい。足にまかせ、気にまかせて、蝶も遊ぶ若草に、引かれ引かれてやって来た。
アヽこれこれ姉さん、見れば近所の娘御さうだが、草深い所に置くは惜いものだ、なんと江戸へ片付く気はごんせぬか
ああこれこれ、姉さん。見れば近所の娘さんのようだが、草深い所に置くのは惜しいものだ。どうだ、江戸へ嫁に行く気はございませんか。
そりやモウお江戸へは片付たいけれど、わし等がやうなものをどうして誰が
そりゃもう、お江戸へは嫁に行きたいけれど、わしらのような者を、どうして誰が。
イヤあるの、もし相談する気なら此の商人、なんとわしが女房に成気はごんせぬか
いや、あるのさ。もし相談する気なら、この商人。どうだ、わしの女房になる気はございませんか。
オヤアノお前がオホヽヽヽヽ
おや、あのお前さんが。おほほほほ。
コレコレこんな山水な商人だといつて、さう笑つたものぢやアあにエヽ見せたいな見せたいな
これこれ、こんなしがない商人だからといって、そう笑ったものじゃない。ええ、見せたいな、見せたいな。
そりや何をへ
そりゃ何をさ。
おれが家をよ
おれの家をよ。
どんなで御座んすへ
どんなでございます。
先やつがれが住家といつぱ、四方屋敷に棟高く〔合〕瑠璃の礎石珊瑚の梁〔合〕柱に蒔絵三重だすき、伽羅の欄間に花がつみ〔合〕
まず、わたくしめの住まいはというと、四方を屋敷に棟高く、瑠璃の礎石に珊瑚の梁、柱には蒔絵の三重襷、伽羅の欄間に花がつみ——
釘隠しには黄金にて〔合〕蝶花形をと思ふたばかりさうゆかず
釘隠しには黄金で蝶や花の形を——と思っただけで、そうはゆかない。
九尺二間の裏家住、女房子にも家来にも〔合〕鼠の外は唯一人
九尺二間の裏長屋住まい。女房子にも家来にも、鼠のほかはただ一人。
隣は按摩かたかたは煙管のつぶれと取換べにしよ〔合〕花売お婆に山ぶ殿〔合〕
隣は按摩、片方はつぶれた煙管の取り換え屋。花売りの婆さんに山伏殿。
去程に茲にまた〔合〕大家のめい子ましまして〔合〕思ひ染め茶の一張羅、つい綻びを〔合〕しほにして、その物差で惚れた気を
さるほどに、ここにまた大家の姪御がおいでなされて、思い初めた染め茶の一張羅、ついほころびたのをしおにして、その物差しで惚れた気持ちを——
つもつてどとぞ女房にと、取る手をはらひこれなもし、そんなちよちよらは村方の、日待にこつそりつれ節で
測って、どうぞ女房に、と取る手を払い、これ、なもし。そんなおべっかは村方の日待ちに、こっそり連れ節で——
池のエヽ池の鰌奴が朝日に輝く夕日に棚引く、真菰の小蔭にひよいと出ちや〔合〕ぴよいとはね〔合〕二度さ出てはねたへ〔合〕
〽池の、ええ、池の鰌めが、朝日に輝く、夕日にたなびく、真菰の小陰にひょいと出ちゃ、ぴょいとはね、二度も出てはねたとさ。
はねたが何うした
はねたがどうした。
鰌と娘は
鰌と娘は——
はねるが賞翫
はねるのが値打ち。
さうだぞどつこい
そうだぞ、どっこい。
田舎踊のオヤ田舎踊の〔合〕可笑しらし、とぼけた色ぢや有べいにやア
田舎踊りの、おや、田舎踊りのおかしさ。とぼけた色恋であるわいなあ。
我を忘れし話のうしろへ、逃来る与兵衛をおわへるおはや、二人は此方に窺ふとも、知らずやうやう走りつき
我を忘れた話のうしろへ、逃げて来る与兵衛を追うおはや。こちらの二人がうかがっているとも知らず、ようやく走りついて、
モシあれ程一所と約束して、誑して置て唯一人
もし、あれほど一緒にと約束して、だましておいて、ただ一人で——
サア倶にはどうもと思ふ故、色々すれど此の上は是非に及ばぬ、よし心中と言はゞ言へ
さあ、ともにはどうしてもと思うので、いろいろしたが、この上は仕方がない。よし、心中と言うなら言え。
そんなら聞分け
それでは、聞き分けて——
覚悟はよいか
覚悟はよいか。
やれ待ちなせへ待ちなせへ
やれ、お待ちなせえ、お待ちなせえ。
留ずとこの儘
止めずに、このままに。
いやならぬならぬ、もし訳は聞かねど添に添れず、心中で御座りませうが、さりとは悪い御了間
いや、ならぬならぬ。もし、わけは聞かないが、添うに添われず、心中でございましょうが、それはまた悪いお考え。
死ずとどうぞ勘弁して
死なずに、どうか思いとどまって。
それサ善は急げ悪は延ろだ、マアマア待つしやりませ待つしやりませ
それさ、善は急げ、悪は延ばせだ。まあまあ、お待ちなさりませ、お待ちなさりませ。
ほんに江戸も田舎も色事の、果には二人心中とムヽそんならアノ此処辺にも
ほんに江戸も田舎も、色事の果ては二人で心中と——むむ、それではあの、このあたりにも。
サアしかも一昨年産土の、祭の晩げの事だモシ、離れまいぞと手サ引いて、死ぬ身もこはき
さあ、しかも一昨年の産土の祭の晩のことでね、もし。離れまいぞと手を引いて、死ぬ身も怖い——
藪の下〔合〕おとうか殿につまゝれて、夜つぴとぐるぐる道行に、常なき川をどんぶりどんぶりこ〔合〕渡つて名代の小豆餅〔合〕
藪の下で、お稲荷さま(狐)に化かされて、夜通しぐるぐる道行き。いつもはない川をどんぶりどんぶりこと渡って、名代の小豆餅——
蕎麦の馳走の挙句には、すつぺら坊主で朝風に〔合〕
蕎麦のご馳走のあげくには、つるつる坊主にされて朝風に吹かれ——
ひやいな命を生延て、目出度夫婦の道心坊
危ない命を生き延びて、めでたく夫婦の道心坊。
我等は酒と女郎に、薬鑵で茹蛸手も足もぎつちり詰つた大晦日
わしらは酒と女郎に入れあげて、薬缶で茹でた蛸のように、手も足も出ない、ぎっちり詰まった大晦日。
越すに越されぬ借銭の、淵へはまつて
越すに越されぬ借金の淵へはまって——
身を投ぎよか
身を投げようか。
アヽ何うせうか正月は〔合〕雑煮も食つて〔合〕腹の春、命があればぢやごんせぬか
ああ、どうしようかと思ったが、正月には雑煮も食って腹の中まで春。命があればこそじゃございませんか。
鯨寄る磯虎伏す野辺も〔合〕エヽなんのいな〔合〕
〽鯨の寄る磯も、虎の伏す野辺も、ええ、なんのいな——
様と一所に暮そうなら〔合〕
いとしい人と一緒に暮らすなら、
いかゞです〔合〕
いかがです。
玉の台にや増しであろ
玉の御殿にもまさるであろう。
その事その事〔合〕
そのこと、そのこと。
死で花実は〔合〕咲きやせまい
死んで花実は咲きはすまい。
ホウ南無三日が暮れた
ほう、南無三、日が暮れた。
お二人さん
お二人さん——
異見を聞て暮六つの、鐘に打連れ急ぎ行く、見ず知らずの今の二人が、親切なるあの異見
意見を聞かせて、暮れ六つの鐘とともに連れ立って急いで行く。見ず知らずの今の二人の、親切なあの意見。
よう聞入れては居るけれど、ひと方ならぬ二人が身、又も妨げない内に
よく聞き入れてはいるけれど、並ひととおりでない二人の身。また妨げの入らないうちに——
さうぢやと既に草の上、露の命や奈何ならん奈何ならん
そうじゃ、と、すでに草の上。露の命はどうなることか、どうなることか。
詞章は声曲文芸研究会『声曲文芸叢書』第三編 清元集(明治四十二年)の校訂本文(著作権消滅)による。繰り返し記号は読みやすく展開し、合方の指示は省いた。繰り返し記号は直前の語句を繰り返すものとして展開したが、どこまでを一語と見るかはこちらの判断による。
原典の資料の題名は『道行誰夕月』で、目次に括弧書きで「おはや与兵衛」とある。作者の記載は原典にない。
原典の長い行は、読みやすさのため読点や合方の切れ目で段に分けた(字句は同じ)。「見合す顔も」の行を三段、「不図した事の」の行を二段、「オヤ何しなさる」の行を二段、「先やつがれが住家」の行を二段にした。
台詞の話し手は原典に記されていない。前半はおはやと与兵衛、中ほどは在所の娘と商人の詞と見て訳した。「ほんに江戸も田舎も」から「身を投ぎよか」までは、娘と商人が村の心中未遂の話と借金の話を掛け合いで語るところと見たが、どこで話し手が替わるかは断じきれない。
「十次兵衛」「濡髪」「放駒」は、浄瑠璃『双蝶々曲輪日記』の人物の名(南方十次兵衛・濡髪長五郎・放駒長吉)と重なる。『双蝶々』でもおはや(お早)は十次兵衛の妻だが、この曲の筋との関わりは原典からは確かめられない。「濡髪に放駒」は、商人が子供相手に見せる相撲の取組の名として出る。
「死んで花実が咲くものか」「鯨寄る磯、虎伏す野辺」「玉の台」はいずれも古くからの言い回し。「玉の台」は当ライブラリの常磐津「関の扉」、長唄「廓丹前」にも出る。「九尺二間」は裏長屋の狭い住まい。「おとうか殿」はお稲荷さま、すなわち狐と見た。「道心坊」は出家した人。
語義を定めがたい箇所は原典のまま残した。「みだけ苧や、麻苧と綽名も」、「世継畷」(地名と見たが、どこか確かめられない)、「曲りがね」、「如才もなんぢやゝら」、「取換べにしよ」、「山ぶ殿」(山伏殿の意かと見た)、「ちよちよら」(おべっかの意かと見た)、「どとぞ」、「晩げ」。
繰り返し記号は、直前の語句を繰り返すものとして展開した(関と/\、コリヤ/\/\/\→コリヤを三度繰り返して四つ、どつこい/\、引れ/\て、これ/\、コレ/\、見せたいな/\、かた/\、まし/\て、ちよ/\ら、やう/\、待ちなせへ/\、ならぬ/\、マア/\、待つしやりませ/\、どんぶり/\こ、その事/\、奈何ならん/\)。どこまでを一語と見るかはこちらの判断による。「かた/\」は「片方」の意と見て「かたかた」とした。
原典の用字「伝い」「置しやませ」「誑して」「御了間」「延ろ」「暮そう」はそのまま残した。「オホヽヽヽヽ」も原典のままとした。
流儀・稽古本によって仮名遣いや字句に異同があるため、演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。