藤舎の紋 藤舎名玄TOSHA MEIGEN ― 詞章ライブラリーへ戻る
荻江

女助六おんなすけろく

荻江節  本名題『女伊達姿花』  作詞者・作曲者・初演年不詳

女助六 蛇の目傘と紫の鉢巻
蛇の目傘と紫の鉢巻

歌舞伎の助六を女に置き換えた女伊達の曲。八重霞の立つ弥生の桜狩から起こし、行き交う人の賑わい、ほどけぬ文の数々を飛鳥川の淵瀬に重ねて伊達比べへ運ぶ。中ほどは笠の雫にそぼ濡れて三ノ輪から花川戸へ——助六ゆかりの土地を踏み、紫の鉢巻に壺菫を掛け、印籠に雲の帯、富士と筑波を配した袖の姿を讃える。結びは「命を助六に」と揚巻の前渡りで納める。『徳川文芸類聚』所収の荻江節正本による。

あらすじ

八重霞、立つや弥生の桜狩。行き交う人の山ぐち、川竹の流れも緩む泡沫の。ほどけぬ文の数々も、昨日に変わる飛鳥川。波のうねうね、伊達比べ。その通い路の追い風や。人目の関の許しなく、笠の雫にそぼ濡れて。雨の蓑輪や、花川戸。歩む姿もはすはにて、男なりけり、女伊達。この鉢巻の結び目も、堅き契りのゆかりの色や紫、匂う壺菫。堤八丁、草そよぐ草に、音せぬ塗り花緒を。ひとつ印籠、ひとつ前。二重回りの雲の帯、富士と筑波の山合いの、袖なりゆかし、君ゆかし。「君なら、君なら」。真底、命を助六に。これ、揚巻の前渡り。風情なりける次第なり。

詞章と現代語訳

〔前弾〕

やえがすみ。〔レンボナヲシ〕たつや〔ギン〕やよひの。さくらがり〔合〕ゆきかふひとやまぐちやみうらうらうらうら川竹かはたけの。〔合〕ながれもぬるむうたがたの。〔合〕ほどけぬふみのかずかずも〔テギン〕きのふにかはるあすかがは、なみのうねうねだてくらべ。そのかよひぢのおひかぜ

八重霞。立つや弥生の、桜狩。行き交う人の「山ぐちやみうらうら」、川竹の。流れも緩む泡沫の。ほどけぬ文の数々も、昨日に変わる飛鳥川。波のうねうね、伊達比べ。その通い路の追い風や。

〔半太大ガカリ〕

ひとめのせきのゆるしなく。かさのしづくにそばぬて〔地〕あめのみのわや〔ナヲス〕はなかはど。あゆむすがたもはすはにて、おとこなりけりをんなだて。〔半太夫〕〔地〕このはちまきのむすびめも。かたきちぎりの〔ナヲス〕ゆかりの〔歌〕いろやむらさき、にほふつぼすみれ。〔三ツビヤウシ〕つゝみ八町はつちやうくさそよぐくさに。おとせぬぬりばなを。〔ヲドり〕〔歌〕ひとつゐんらうひとつまへ。〔合〕ふたへまわりのくものをび、ふじとつくばのやまあひの〔半太夫スエ〕そでなりゆかし。きみゆかし

人目の関の許しなく、笠の雫にそぼ濡れて。雨の——蓑輪や、花川戸。歩む姿もはすはにて、男なりけり、女伊達。この鉢巻の結び目も、堅き契りのゆかりの色や紫、匂う壺菫。堤八丁、草そよぐ草に、音せぬ塗り花緒を。ひとつ印籠、ひとつ前。二重回りの雲の帯。富士と筑波の山合いの、袖なりゆかし、君ゆかし。

〔菊之丞せりふ〕

きみならきみなら

「君なら、君なら」。

〔ナゲブシ〕

しんぞ〔半太夫トメ〕いのちを助六すけろくに、コレあげまきのまへわたり〔歌トメ〕ふぜいなりける次第しだいなり

真底、命を助六に。これ、揚巻の前渡り。風情なりける次第なり。

この曲は詞章の出典が他と異なる。『徳川文芸類聚』第十 俗曲下所収『荻江節正本』の本文(著作権消滅)により、章句・合方の記号は原典のまま段の頭や途中に残し、繰り返し記号は読みやすく展開した。繰り返し記号はいずれも直前の語句を繰り返すものとして展開したが、どこまでを一語と見るかはこちらの判断による。

原典は総かな書きの部分が多いため、読みやすさを考えて漢字を当てた。ふりがなが原典の仮名である。

本名題は『女伊達姿花』(をんなだてすがたのはな)。歌舞伎十八番の助六を女に置き換えた趣向。

段の頭の〔菊の丞出〕〔菊之丞せりふ〕〔半太夫〕は原典のままで、演者の出や受け持ちを示すものと見られる。

「みのわ」は三ノ輪、「はなかはど」は花川戸。どちらも助六にゆかりの江戸の地名。「あめのみのわ」は雨の蓑に言い掛ける。

紫の鉢巻は助六の扮装。「つぼすみれ」の紫に掛けてある。

「あすか川」は「世の中は何か常なる飛鳥川昨日の淵ぞ今日は瀬になる」(古今集)による。

「あげまき」は助六の相手の花魁、三浦屋揚巻。「前渡り」は目の前を通り過ぎること。

語義の定めがたい語は推測で埋めず原典のまま残した。「山ぐちやみうらうら」(三浦屋の三浦に「うらうら」を掛けるかとも見られるが切り方が定めがたい)、「ひとつゐんらうひとつまへ」、「ふたへまわりのくものをび」。

作詞者・作曲者・初演年は原典に記載がない。流儀・稽古本によって仮名遣いや字句にも異同があるため、演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。