夕月船頭ゆうづきせんどう
常磐津 西沢一鳳 述 変化物『四季写土佐絵拙』の一段 作曲者・初演年不詳

夕月に涼風の立つ川、繋いだ通い船。船頭のいなせな心意気を、淀川の三十石船の唄に重ねて唄い、通い路の恋を経て、屋台囃子に浮かれて走り去るまで。当ライブラリの『雷』と同じ変化物の対の一段。
あらすじ
夕月に涼風を待つか——真っ赤な花火の上がる三股。岸に繋いだ通い船。星も欺くばかりの賑わいのなか、たしかに聞き違えないあの人の声。おい、取り舵。篠を束ねて突くような雨に濡れて通うのが憎らしかろうか。当たる当たる、当たりやす。ここも名高い淀川の流れを渡る気晴らしは、気も幅広な緋縮緬。締めて結んだ鉢巻も、そこが生まれつきの水の恩。三筋の糸をかりぶしに——淀の川瀬のなあ景色をここに、曳いて上るやれ三十石船に、清い流れを汲む水車。廻る間ごとはみな水馴棹。注いだ盃を押さえてすけりゃ、酔って伏見へ管を巻く縄よ。こうした所は千両松、よいよい宵の雨。逢いたさに一人、夜更けに来たものを。ちょっと切戸を開けてんかいな、開けてんかいな、お隣さん。もし、ご在宅かお宿かお留守さんか、いないのにとんとんと叩いても、ええ、じれったいではないかいな。差せば出て行く、差さねば行かぬ。差してくださんせ、おおい船頭さん。おおいおおい——あの声は嬉しかろうじゃないかいな、面白や。屋台囃子に囃されて、浮かれ浮かれて走ってゆく。
詞章と現代語訳
夕月に涼風を、まつか花火や三股の、岸に繋ぎし通ひ船、星も欺く賑ひは、確か違はぬ彼奴が声
夕月に涼風を待つか——その真っ赤な花火の上がる三股。岸に繋いだ通い船。星も欺くばかりの賑わいのなかに、たしかに聞き違えようもない、あの人の声。
ヲイ取楫
「おい、取り舵」
篠を束ねて突くやうな雨に、濡れて通ふが憎かろか
篠を束ねて突くような激しい雨に、濡れて通うのが憎らしかろうか。
アタルアタルアタルアタルあたりやす
「当たる当たる、当たりやす」
爰も名高き淀川の、流れを渡る気散じは、気も巾広な緋縮緬
ここも名高い淀川の流れを渡る気晴らしは、気も幅広な——その幅広の緋縮緬よ。
締めて結んだ鉢巻も其処が根生の水の恩
締めて結んだ鉢巻も、そこが生まれついての水稼業——その水の恩というものよ。
三筋の糸をかりぶしに
三筋の糸を、かりぶしに——三味線をつまびいて。
淀の川瀬のナア景色をこここに、曳いて上るヤレ三拾石船に、清き流れを汲む水車、廻る間毎は皆水馴棹、さいた盃盞押へてすけりや、酔うて伏見へ管巻縄よ、斯うした所は千両松ヨイヨイヨイヨイ宵の雨
淀の川瀬のなあ、その景色をここに。曳いて上る、やれ三十石船に、清い流れを汲む水車。廻る間ごとはみな水馴棹。注いだ盃を押さえてすけりゃ、酔って伏見へ——管を巻く、その曳き縄よ。こうした所は千両松。よいよい、宵の雨。
逢たさに一人夜深けに来たものを
逢いたさに、たった一人で夜更けに来たものを。
ちよつと切戸を開けてんかいなあけてんかいなお隣さん
「ちょっと切戸を開けてんかいな、開けてんかいな。お隣さん」
モシお在宅かお宿かお留守さんか居ないのに、トントントンと叩いても、エエエエ自烈度いではないかいな
「もし、ご在宅かお宿かお留守さんか。いないのにとんとんと叩いても——ええ、ええ、じれったいではないかいな」
させば出て行くささねば行かぬ、さして下んせヲヲイ船頭さん、ヲヲイヲヲイヲヲイヲヲイあの声は嬉しからうぢやないかいな面白や
棹を差せば船は出て行く、差さねば行かぬ。どうぞ差してくださんせ——おおい、船頭さん。おおいおおい。あの声は嬉しかろうじゃないかいな。面白や。
屋台囃子にそやされて、浮れうかれて走り行く
屋台囃子に囃されて、浮かれ浮かれて走ってゆく。
この曲は常磐津。詞章は声曲文芸研究会『声曲文芸叢書』第四編 常磐津集(明治四十二年刊・著作権消滅)所収の本文により、繰り返し記号は読みやすく展開した。
詞は西沢一鳳。変化物『四季写土佐絵拙』の一段で、原典では当ライブラリの『雷』とあわせ『四季写土佐図拙』として載る。原典は別題を「夕月」「船頭」の二つに分けても示す。作曲者・初演年は原典に記載がない。
「三股」は隅田川が中洲で分かれるあたり。江戸の川開きの花火の名所。
「取楫」は船を左へ向ける舵の指図。
中ほどの一段は淀川の三十石船の船唄を取り込んだもの。「千両松」は淀の地名。江戸の川の景から上方の川の唄へ移るところがこの曲の聞かせどころになる。
「篠を束ねて突くやうな雨」は篠突く雨。激しい雨をいう。
「気も巾広な緋縮緬」は幅の広い緋縮緬の腹掛けや扱帯をいい、船頭のいなせな姿を表す。
「かりぶし」「さいた盃盞押へてすけりや」「管巻縄」は語義が定めがたく、推測で埋めず原典のまま残した。船唄の囃子詞と思われる。
流儀・稽古本によって仮名遣いや字句に異同があるため、演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。