名よせ草十番切なよせぐさじふばんぎり
荻江節 作詞者・作曲者・初演年不詳

父の仇を討つ女武者の立廻りを、草花の名を寄せて綴った曲。鬨の声をあげて寄せる白波から起こし、小褄を引き上げて出立つ姿へ。桐の花・卯の花・榊の花・梅花・紫陽花・姫百合・花菖蒲・岩躑躅と花の名を継ぎながら、開く手・込む手・枝下ろし・水車・鍵車と立廻りの型の名を織り込んでゆく。結びは唐獅子に牡丹、沢辺の菖蒲・杜若・葵に揉まるる風情と収め、誉れを世々に残したと納める。原典の題名は『名よせ草十番ぎり』。『徳川文芸類聚』所収の荻江節正本による。
あらすじ
寄せかけて、討つ白波の音高く、鬨をつくってかかりけり。あら、おびただしの人々や。かれらが支ゆるとも、薙ぎ立て、追っ立て。小褄引き上げ、甲斐々々しく行かんとすれば、ござんなれ。お恥ずかしながら、殿御さえ口説き仰せし一途と意気地。女どしなら何のその。たとえ囲うとも、心を尽くす父の仇。歩みの板まで桐の花。今日、優曇華の。神の力を借りやの首尾。空も五月の闇の夜に、卯の花そよぐ籬の風。訪れ見んと出で立ちしは、愛敬ありし榊の花。木ぶりも若き心から、つい結い立てて。梅花の香り。ちりちり、ぱっと後れ髪。これを見て紫陽花の、華やかにも姫百合に。丁と打たれて散る花の。残る露、払う、払う。自慢も花菖蒲。勝って見せんと岩躑躅。開く手、込む手、十二のかかり。枝下ろし、水車、鍵車。向こうへ追っ詰め、後ろを切る。どんと打たれし小柴垣。高笑いして引いたりけり。一度にかかる真菰刈り。鎌の刃先に玉散る水。さっと立っては身を背け、裾を払えばひらりと飛び。二つ連れたる唐獅子の、牡丹は年も二十日草。露深み草、はらはら。腹、脛、裳裾もほらほらほら。互いに争うその姿。沢辺の菖蒲、杜若。葵にも揉まるる風情にて、しおらしくも、またいさぎよや。誉れを世々に残しけれ。
詞章と現代語訳
よせかけてうつしらなみの。おとたかくときをつくつて〔コハリ〕かゝりけり
寄せかけて、討つ白波の音高く、鬨をつくってかかりけり。
あらおびたゞしの人人や。なんでうかれらがさゝゆるとも〔合〕なぎ立
あら、おびただしの人々や。なんでう、かれらが支ゆるとも、薙ぎ立て。
おつたて。〔合〕〔ハコビ〕やはかぬけいでおかふかと。こづま引あげかいがいしくゆかんとすれば
追っ立て。「やはかぬけいで」置こうかと、小褄引き上げ、甲斐々々しく行かんとすれば。
ござんなれ。〔合〕おはもじながらとのごさへ。くどきおほせしいちしといきぢ。をなごどしなら何のそのおくせうじ
ござんなれ。お恥ずかしながら、殿御さえ口説き仰せし一途と意気地。女どしなら何のその、「おくせうじ」。
たとへならえにかこふとも。こゝろをつくすちゝのあだ
たとえ「ならえ」に囲うとも、心を尽くす父の仇。
あゆみのいたまできりの〔ギン〕花、けふうどんげのたうのてき、かみのちからをかりやのしゆび
歩みの板まで、桐の花。今日、優曇華の「たうのてき」。神の力を借りやの首尾。
そらもさつきのやみのよに〔ギン〕うの〔七ツユリ〕花そよぐ〔合〕まがきの風〔合〕おとづれ見んとでたちしは。〔合〕あいきやうありしさかきのはな
空も五月の闇の夜に、卯の花そよぐ籬の風。訪れ見んと出で立ちしは、愛敬ありし榊の花。
木ぶりもわかきこゝろから。ついかつ山とゆひたてて。〔合〕かついろ見せしばいくわのかほり。〔合〕ちりちりばつとおくれがみ
木ぶりも若き心から、つい「かつ山」と結い立てて。「かつ色」見せし梅花の香り。ちりちり、ぱっと後れ髪。
これを見てあぢさいの。〔合〕はなやかにもひめゆりに。てうどうたれてちる花の。〔合〕うて。〔合〕なに〔アタル〕のこるつゆ〔ハル〕はらふ〔合〕はらふじまんも花がつみ
これを見て、紫陽花の。華やかにも姫百合に。丁と打たれて散る花の。「打て」。「何」。残る露、払う、払う。自慢も花菖蒲。
〔合〕かつて見せんといはつゞじ、ひらくてこむて十二のかゝり。〔合〕えだおろし。〔合〕水ぐるま。〔合〕かぎぐるま。〔合〕むかふへおつつめうしろをきる
「勝って見せん」と岩躑躅。開く手、込む手、十二のかかり。枝下ろし。水車。鍵車。向こうへ追っ詰め、後ろを切る。
〔合〕どんとうたれしこしばがき。たかわらひしてひいたりけり。〔合〕いちどにかゝるまこもがり。かまのにさきにたまちる水
どんと打たれし小柴垣。高笑いして引いたりけり。一度にかかる真菰刈り。鎌の刃先に玉散る水。
さつとたつては。〔合〕身をそむけ。すそをはらへばひらりととび。〔合〕ふたつつれたるからししの。〔合〕ぼたんはとしもはつかぐさ
さっと立っては身を背け、裾を払えばひらりと飛び。二つ連れたる唐獅子の、牡丹は年も二十日草。
つゆふかみぐさはらはら〔合〕はらはぎももすそもほらほらほら。たがいにあらそふそのすがた、さわべのあやめかきつばた、あをひにもまるゝふぜいにて。しほらしくもまたいさぎよや。ほまれをよゝにのこしけれ
露深み草、はらはら。腹、脛、裳裾もほらほらほら。互いに争うその姿。沢辺の菖蒲、杜若。葵にも揉まるる風情にて、しおらしくも、またいさぎよや。誉れを世々に残しけれ。
この曲は詞章の出典が他と異なる。『徳川文芸類聚』第十 俗曲下所収『荻江節正本』の本文(著作権消滅)により、章句・合方の記号は原典のまま段の頭や途中に残し、繰り返し記号は読みやすく展開した。原典は一続きの本文で、段の切れ目はこちらで読みやすく分けたものである。
原典は総かな書きのため、読みやすさを考えて漢字を当てた。ふりがなが原典の仮名である。原典の題名は『名よせ草十番ぎり』。
「十番切」は立廻りで十人を相手に斬り結ぶこと。曲は草花の名を寄せながら、その立廻りの型の名を織り込んでゆく。
「ひらくて」「こむて」「えだおろし」「水ぐるま」「かぎぐるま」はいずれも立廻りの型の名と見られる。
「うどんげ」は優曇華。三千年に一度咲くという花で、めったにない機会のたとえ。
「はつかぐさ」は二十日草、牡丹の異名。前の「からしし」(唐獅子)と対にして、獅子に牡丹の取り合わせを言う。
「あをひにもまるゝ」は、謡曲『放下僧』などに見える「〜にもまるる」の小歌の言いまわしによる。
語義の定めがたい語は推測で埋めず原典のまま残した。「やはかぬけいで」、「いちしといきぢ」、「おくせうじ」、「ならえにかこふ」、「たうのてき」、「かりやのしゆび」、「かつ山」「かつ色」(髷の名かとも見られる)、「のこるつゆはらふ」から「はらふじまんも花がつみ」への続き方、「ほらほらほら」。
作詞者・作曲者・初演年は原典に記載がない。流儀・稽古本によって仮名遣いや字句にも異同があるため、演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。