藤舎の紋 藤舎名玄TOSHA MEIGEN ― 詞章ライブラリーへ戻る
長唄

初時雨はつしぐれ

杵屋六左衛門 作曲(底本の記載による・代数不詳)  作詞者・初演年不詳

A4一枚に印刷できる詞章(PDF)開く・印刷・保存お稽古や舞台の予習に。A4横一枚にまとめてあります。
初時雨 待乳山の時雨
待乳山の時雨

初冬の夕暮れ、時雨のなかの吉原への道筋から説き起こし、塒へ急ぐ烏に寄せて、暖め合う鳥の閨のさまへ運ぶ小品。粋な情調の曲として知られる。

あらすじ

楢松の葉が落ちはじめ、夕暮れに白く見える待乳山。時雨がしきりに降るなか、鳴く鴫の声も凍るような干潟の道を、衣紋坂越えに聞こえる入相の鐘。あの烏はねぐらが上野か浅草か、塒を急いで通ってくる。阿呆烏が笑うならままよ、ええ、おいでなさいな。可愛い可愛いと引き寄せ、羽を締めて、互いに肌を暖め合う暖め鳥。番の誓鳥までも、鴛鴦の衾に思い寝の草。室咲きの初花は下紐が解けて、それからまた結ぶ、つい開きそめる。荘子の蝶の夢見草。露の情けをいたずらに、誰が悋気で吹き払うのか。憎らしや、連子窓に吹き寄せる夜嵐に、しおれる双翼よ。

詞章と現代語訳

〔本調子〕

楢松ならまつおちそめて、夕暮ゆふぐれしろ待乳山まつちやま時雨しぐれしぐれに、しぎこゑこほるや干潟道ひがたみち衣紋坂ゑもんざかゑて、かね

楢松の葉が落ちはじめて、夕暮れに白く見える待乳山。時雨がしきりに降るなかで、鳴く鴫の声も凍るような干潟の道。衣紋坂を越えると、入相の鐘の音が聞こえてくる。

〔二上り〕

それ上野うへの浅草あさくさか、ねぐらいそぎてかよる、阿呆烏あはうがらすわらはふとままよ、エヽおかしやんせ

あの烏のねぐらは上野か、それとも浅草か。塒を急いで通ってくる。阿呆烏が笑うならば笑うがままよ——ええ、おいでなさいな。

可愛かあい可愛かあいき、めて、たがひはだぬくどりつがひ誓鳥ちかひどりさへも、鴛鴦をしふすまおもぐさ

可愛い可愛いと引き寄せ、羽を締めて、互いに肌を暖め合う暖め鳥。番の誓鳥までもが——鴛鴦の衾に、思い寝の草。

むろ初花はつはな下紐したひもけて、それからむすぶ、ついひらそめ荘子さうしてふ夢見草ゆめみぐさつゆなさけをいたづらな、たれ悋気りんきはらふ、にく櫺子れんじさそ夜嵐よあらししほるる双翼もろつばさ

室咲きの初花は、下紐が解けて、それからまた結ばれ、つい開きそめる。荘子の蝶が見たという夢見草。露の情けをいたずらに、誰が悋気で吹き払うのか。憎らしいことよ、連子窓に吹き寄せる夜嵐に、しおれてしまう双翼(もろつばさ)よ。

詞章は初子会編『長唄集』(大正十三年刊・著作権消滅)所収の本文により、繰り返し記号は読みやすく展開し、合方〔合〕の指示は省いた。底本の題名は「初しぐれ」、作曲者は「杵屋六左衛門」とのみ記す。

渥美清太郎『邦楽舞踊辞典』によれば、もとは上方唄にあったものを、詞章を変えて江戸へ移した曲で、三味線は二上り。粋な情調の代表的な唄とされる。

「待乳山」「衣紋坂」はいずれも吉原への道筋。日本堤から衣紋坂を下って大門に至る。

「暖め鳥」は寒夜に互いに身を寄せて暖め合う鳥。「誓鳥」は変わらぬ契りを誓う鳥の意で、鴛鴦に続く。

「思ひ寝の草」の「草」は、底本では「艸」と作る。

「室の初花」は室咲き(温室育ち)の初花。「下紐解けて」以下は、花の開閉に男女の契りを重ねる。

「荘子が蝶」は胡蝶の夢の故事。「夢見草」につづける。

「櫺子」は連子窓。細い格子を並べた窓。

「可愛可愛と引き、羽を締めて」の「羽を」は、底本では小字で補われている。切り方には別の読み方もありうる。

作詞者・初演年は底本に記載がない。作曲者「杵屋六左衛門」の代数も記載がないため特定しなかった。流儀・稽古本によって仮名遣いや字句にも異同があるため、演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。