藤舎の紋 藤舎名玄TOSHA MEIGEN ― 詞章ライブラリーへ戻る
長唄

傾城(七変化)けいせい(しちへんげ)

長唄  本名題『雛祭神路桃』  作詞者・作曲者・初演年不詳

傾城(七変化) 夜更けの煙草盆と帯
夜更けの煙草盆と帯

七変化の傾城の段。約束の人を待つ夜の口説きから起こし、宵から今までどこにいたのかと恨みを言い、引く手あまたの身とはいえつらいと嘆く。中ほどは昨日から待ちつづけて禿を叱ってみても腹立ちは収まらず、煙草の煙が立つばかり。二重帯の解ける音に、憎てらしいほどの可愛さを言い、渚の千鳥のさんざ鳴く音に身を寄せる。結びは衣紋坂を通う道行から吉原の伊達比べ、散る花を惜しむ風情で納める。

あらすじ

約束の来るか、来るかと待つ時や、来ないで。よそへ変わられてままならぬ。夜更けてごんす、気の悪さ。わしを困らせ、思わせぶりか。宵から今まで、どこに居くさって、どこの色めと茂りくさって。口舌しまうて来たのじゃの。さりとては、引く手数多の身じゃとても、つらい性じゃないかいな。主の心が、わしゃ取りにくい。さりとは、さりとは、悪所へ。そうでもあろか、花の咲くのも実るのも、わしが双葉、恋路の舟じゃもの。わしが待つ夜は昨日から。梯子に問わんせ、裾踏み散らし。ほんに禿を叱って見ても、腹の立つのは何のやも。飽かぬ煙草の煙立つ。誰が待つやら、しゃらりと解けし二重帯。見るたび、見るたびや、聞くたびに、憎てらしほど可愛さの。わしはこうした流れの勤め。その甲斐、渚の千鳥や、さんざ鳴く音はしおらしや。通い、通いし衣紋坂。恋に引かれて来る来ると、回る紋日の品もよく。姿吉原、遣り手禿の伊達比べ。色めく花の散るや惜しまん。げにも絶えせぬ風情なり。

詞章と現代語訳

〔三下り〕

やく束のくるかくるかと待ときやこいで

約束の来るか、来るかと待つ時や、来ないで。

よそへかわれてまゝならぬ〔合』夜ふけてごんす。きのわるさ〔合〕わしをこまらせ。おもはせぶりか〔合方〕宵から〔合〕いまゝで。どこにゐくさつて。どこの色めと茂りくさつて、くぜつしまふてきたのじやのさりとては〔合〕引手数多の身じやとてもつらいしやうじやないかいなぬしの心が。わしや取にくいさりとはさりとは悪しよへ〔合〕そふでもあろか花の咲のもみのるもわしがふたば恋ぢのふねじや。ものさりとはさりとはあくしよへ

よそへ変わられてままならぬ。夜更けてごんす、気の悪さ。わしを困らせ、思わせぶりか。宵から今まで、どこに居くさって、どこの色めと茂りくさって、口舌しまうて来たのじゃの。さりとては、引く手数多の身じゃとても、つらい性じゃないかいな。主の心が、わしゃ取りにくい。さりとは、さりとは、悪所へ。そうでもあろか。花の咲くのも実るのも、わしが双葉、恋路の舟じゃ——もの。さりとは、さりとは、悪所へ。

わしがまつよはきのふから。はしごにとはんせ。すそふみちらし〔文弥ブシ〕ほんにかぶろをしかつて見ても。はらの立つのはなんのやも。あかぬたぱこの〔ヲトシ〕煙たつ

わしが待つ夜は昨日から。梯子に問わんせ、裾踏み散らし。ほんに禿を叱って見ても、腹の立つのは何のやも。飽かぬ煙草の煙立つ。

たれが待やら。しやらりととけし。ふたえ帯。見るたび見るたびや聞たびに〔合〕にくてらしほどかわゆさの〔合〕わしはかふした流れのつとめ。そのかひなぎさの千鳥やさんざ鳴音は〔合〕さんざ鳴音は〔ヲトシ〕しほらしや

誰が待つやら、しゃらりと解けし、二重帯。見るたび、見るたびや、聞くたびに、憎てらしほど可愛さの。わしはこうした流れの勤め。その甲斐——渚の千鳥や、さんざ鳴く音は、さんざ鳴く音は、しおらしや。

通ひ通ひし衣紋坂恋に引れてくるくると。まはる紋日の品もよく。姿吉原やりてかぷろのだてくらべ。いろめく花の散や惜まんげにもたへせぬふぜいなり

通い、通いし衣紋坂。恋に引かれて来る来ると、回る紋日の品もよく。姿吉原、遣り手禿の伊達比べ。色めく花の散るや惜しまん。げにも絶えせぬ風情なり。

この曲は詞章の出典が他と異なる。『徳川文芸類聚』第十 俗曲下所収『歌撰集』の本文(著作権消滅)により、章句・合方の記号は原典のまま段の頭や途中に残し、繰り返し記号は読みやすく展開した。繰り返し記号はいずれも直前の語句を繰り返すものとして展開したが、どこまでを一語と見るかはこちらの判断による。

原典は総かな書きの部分が多いため、読みやすさを考えて漢字を当てた。ふりがなが原典の仮名である。

本名題は『雛祭神路桃』(ひなまつりかみじのもも)。七変化のうちの一曲で、ほかに傾城・官女・山賎・布曝・春駒・杜若・槍踊がある。

「衣紋坂」は吉原の大門へ下る坂。「紋日」は遊里で特別に定めた日で、客も遊女も物入りになった。

「かぶろ」は禿、遊女に仕える少女。「やりて」は遣り手、遊女を差配する女。

語義の定めがたい語は推測で埋めず原典のまま残した。「こいで」、「どこの色めと茂りくさつて」、「わしがふたば恋ぢのふねじや。もの」(切り方が定めがたい)、「はしごにとはんせ」、「はらの立つのはなんのやも」、「そのかひなぎさの千鳥」(「甲斐」と「渚」を掛けるかと見られる)。

作詞者・作曲者・初演年は原典に記載がない。流儀・稽古本によって仮名遣いや字句にも異同があるため、演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。