住吉丹前すみよしたんぜん
荻江節 本名題「紅葉傘住吉丹前」(もみぢがさすみよしたんぜん) 作詞者・作曲者・初演年不詳

住吉の御祭りに始まり、住吉様の岸の姫松を寿いで、江戸市村座の顔見世を祝う丹前物。神事の詞に始まりながら、中ほどは唐歌と恋の口説き、役者の口上へと移り、千秋万歳と櫓太鼓で納まる。他の曲と異なり『徳川文芸類聚』所収の荻江節正本による。
あらすじ
ちはやぶる神を慰める御祭り。赤前垂れに対の傘、みな一様に揃った紅の色も変わらぬ朝日影。裾を打ち払う朝風になびき栄える今日の神事へ——傘を差そう、人が差すなら我も差そう。小松の陰の下露によその袖までしっぽりと濡れ、浜辺の濡れ鷺か、沖の鴎が友を呼び交わす。唐櫓の音がからころと鳴り、布引の滝の白糸も晴れて、天つ岩戸の神歌を歌っていざ清めよう。浜の真砂の数々ほどに波へ身を焦がし、女波男波の濡れに濡れた仲こそゆかしい。片山里に住み良しの住吉様、その岸の姫松のめでたさよ。筆を取り初めて恋という字を覚えさせたい、墨と硯はよい仲人。雲を見れば衣裳を思い、花を眺めれば面影を慕う——桃李芙蓉の紅、楊柳の細腰と唐歌に詠まれた色も、三十一文字に和らげば恋と情の口舌の種。紅葉の色に降りかかる村時雨に濡れるのも恋の奴、傘に守りを掛けて、隠れもない花の顔見世、江戸市村のご贔屓を頼みに、姿はきりりと男らしく。忘れかねた初恋、浦千鳥の音づれ、独り寝の新枕。艪を押し立てて漕ぎ出せば浜千鳥が揺られてもまれて立ち騒ぐ。結びの神の仲立ち、出雲八重垣の妻定め、神楽月の花の丹前顔見世狂言——黄金満ち来る宝の市村、千秋万歳、常世の橘、櫓太鼓の音は久しく響く。
詞章と現代語訳
ちはやぶる、神をいさめの御祭り
ちはやぶる——神を慰め奉る御祭りである。
赤前垂に対の傘、みな一様に、そろうたそろうた紅の、色も変らぬ朝日影
赤い前垂れに揃いの傘。みな一様に、そろった、そろった紅の色——朝日の光のように変わらぬ色よ。
裾打ち払ふ朝風の、靡き栄ふる今日の神事へ
裾を打ち払う朝風になびき、栄えゆく今日の神事へ。
傘をや、傘を差そならえいえい、春日山
傘をさあ、傘を差そうなら、えいえい——春日山。
これも神の誓ひとて、人が傘を差すならえいえい、我も傘を差そ、よげにも添ふよのや、よげにも添ふよの
これも神の誓いであるとて、人が傘を差すならえいえい、我も傘を差そう。よくも添うことよ、よくも添うことよ。
げにまこと、小松の陰の下露に、よその袖までしつぽりと濡れて、浜辺の濡鷺か、沖に鴎が友呼びかはす
まことに——小松の陰の下露に、よその袖までしっぽりと濡れて。浜辺の濡れ鷺であろうか、沖では鴎が友を呼び交わす。
はんま千鳥がちりやちり、ちりやちり、ちりちり、ちつとも漕ぎ出せばのう、唐櫓の音がしと、とん、からころからころからころりとも
千鳥がちりやちり、ちりちりと散る。ちょっとも漕ぎ出せばのう、唐櫓の音がしと、とん、からころ、からころ、からころりと鳴る。
しづが手をいや、布引の滝の白糸うち晴れて、天つ岩戸の神歌を歌ふて、いざや清むべし
布引の滝の白糸のように晴れわたって、天つ岩戸の神歌を歌い、さあ身を清めよう。
浜の真砂の数々に、なにと波に身を焦がす
浜の真砂の数ほどにも、なんと波に身を焦がすことよ。
その益荒男が真澄鏡、波に成りたや磯打つ波に、女波男波の濡れに濡れたる中ぞゆかし
その益荒男を映す真澄鏡——いっそ波になりたい、磯を打つ波に。女波と男波が濡れに濡れて寄り添う、その仲こそゆかしい。
あら羨まし、如何なれば片山里に住吉の、踊りつ舞ふつ喜びつ
ああ羨ましい。どうしてか片山里も住みよいと——住吉の名にちなんで、踊り、舞い、喜んで。
住吉さまの岸の姫松めでたさよ
住吉様の岸の姫松——そのめでたさよ。
筆取りそめて筆取りそめて、恋といふ字を覚えさせたい、さりとはさんざさんざ
筆を取り初めて、筆を取り初めて——恋という字を覚えさせたい。それにしても、さんざ、さんざ。
墨と硯はよい仲人、思ふたけをば知らせたいぞへ、さりとはさんざさんざ、筆に言はする恋の道
墨と硯はよい仲人。思いのたけを知らせたいのです。それにしてもさんざ、さんざ——筆に言わせる恋の道よ。
それ、雲見る時は衣服を思ひ、花眺むれば容を慕ふ
そもそも雲を見れば衣裳を思い、花を眺めればその人の面影を慕う。
桃李芙蓉の紅に、楊柳の細腰と、その唐歌の色ことに、うとき浮世を大和なる
桃李や芙蓉の紅に、楊柳のような細腰——そう詠んだ唐歌の色はことさらに、この浮世には縁遠い。それを大和の。
三十一文字に和らぎて、恋と情のその中々に、口舌の種を蒔き
三十一文字の歌に和らげてみれば、恋と情のそのなかに、痴話喧嘩の種を蒔くことになる。
ばをりくわんくわつすいて当世に、日本唐土つかみ差し
当世風にきりりと着こなして、日本も唐土も掴んだような大小の差し姿。
だいせう差すが唐傘の、天が下取る稀人とは言はねど、それと三重の帯
大小を差し、唐傘を差して——天下を取る稀人とまでは言わないが、それと知れる三重の帯。
美し色にうつろふ紅葉、梢照ります村時雨、一降りゆり掛け、降れ降れ降れ
美しい色に移ろう紅葉。梢を照らす村時雨よ、ひと降りゆさぶりかけて——降れ、降れ、降れ。
濡れにかしこき恋奴、傘に守りを掛けまくも、かたじけないかたじけない
濡れることにかけては心得た恋の奴。傘にお守りを掛けて——口に出すのも畏れ多い、有難いことよ。
隠れござらぬ花の顔見世、江戸市村の御贔屓を便りに受けて、すいせんのしやんしやんと
隠れもない花の顔見世興行。江戸は市村座のご贔屓を頼りに受けて、しゃんしゃんと。
姿は男らしいや男らしき、つとしてじつとして、じつと締めたる風俗や
その姿は男らしいこと、男らしいこと。きりりとして、じっとして、じっと締めた出立ちよ。
その面影のしばしまも、忘れかねたる初恋に
その面影をしばしの間も忘れかねる初恋に。
恥かしいこと言はるるものか、仮名のほの字も穂に表れて
恥ずかしいことなど言えるものですか。仮名の「ほ」の字ではないが、思いが穂に出るように表れて。
本ひとりに思ひこがらしの、風に便りの音づれも、鳴いて、さ渡る浦千鳥
ほんにひとりで思い焦がれ、木枯らしの風に頼る便りの音づれも——鳴いて渡る浦千鳥ばかり。
歌幾夜寝覚めぬ独寝も、まこと恋路の新枕
幾夜も歌い、目覚めたままの独り寝も——まことに恋路の新枕であることよ。
およそ心なきをなごでも、履ける足駄の端くれに
およそ心なき女子であっても、履いている足駄の端くれに。
作れる笛のその音には、必ずしかも夜の露
その木で作った笛の音には、必ずしも夜の露が置くように、心が動くもの。
葉末頼りに結ぶ心の、恋すてふ
葉末の露を頼りに結ぶ心——恋をするという、その心よ。
さつても見事なお女郎さま。雲の鬢づら初霜に、くわつと笑ひし廿日草
なんとも見事なお女郎さま。雲のような鬢の毛に初霜が置いたよう、ぱっと笑った顔は牡丹の花のよう。
それ、京九重の美しき美しき、御室の御所の八重一重、語るも見事音羽山
それ、京の九重の美しいこと、美しいこと。御室の御所の八重桜も一重桜も、語るのも見事な音羽山よ。
ゑゝ何じやいな、こちや花よりも、お江戸ゆかりの濃紫、染まる色かと寄りそへば
ええ何ですか。わたしは花よりも、お江戸ゆかりの濃紫——その色に染まるかと寄り添えば。
ちよとおじやまに、ちよとおじやまに、なりふりも
ちょっとお邪魔に、ちょっとお邪魔に——なりふりも構わず。
どうともかうとも
どうともこうとも。
言ふにナ言はれぬ色香もありてなん
言うに言われぬ色香もあることよ。
お供にとつつき負うて、ばばさ玄関前
お供にとくっついて負ぶさって、ばばさ、玄関前。
こいよない、なんなん、情の恋の品、雨にも雪にも通はんせ
来いよない、なんなん。情けの恋のあれこれ——雨にも雪にも通ってくださいな。
恋は曲者、げに恋は曲者、今の世までも世の中の、風はよきて吹け、いま風に艪を押し立てて
恋は曲者、まことに恋は曲者。今の世までも世の中の風は避けて吹け——いま風に艪を押し立てて。
漕げやふなおさ、唐櫓の音がやつとんと、さつと立つ波浜千鳥、揺られてもまれて
漕げや船頭よ。唐櫓の音がやっとんと鳴り、さっと立つ波に浜千鳥が揺られ、もまれて。
ぱつと立ちそろ、びびくりびびくり、しかんかいな、そこで揃へて、さあ振れさ
ぱっと立ち騒ぐ。びびくり、びびくり——さあそこで揃えて、それ振れ。
殿さまのお召し物何色に染めうぞ、媚茶煤竹半ないろいろ
殿様のお召し物は何色に染めましょう。媚茶、煤竹、半色といろいろに。
茶巾袴、茶くしてきりきりともこぎりめに、てんとてんと、あつたものではないよさ、いさぎよや
茶巾袴をきりりと着こなして、てんと、てんと——まったくあったものではないよ。いさぎよいことよ。
あれ見さいな、結ぶの神の仲立ち、ほんにお精な縁結び
あれ、ご覧なさいな。結びの神の仲立ちよ。ほんに精の出るご縁結びだこと。
出雲八重垣妻定め、あるは嫌なり思ふはならず、それじやそれじや、その一夜
出雲の八重垣の妻定め。縁のある人は嫌で、思う人とは添えず——それじゃ、それじゃ、その一夜。
恋のはじめは恥かしや、面白の色音たえなる神楽月
恋のはじめは恥ずかしいこと。面白い色音の妙なる、神楽月よ。
花の丹前顔見世狂言、あさからとうから、えいとうえいとう
花の丹前、顔見世狂言。朝から遠くから、えいとう、えいとう。
黄金満ち来る宝の市村、千秋万歳と常世の橘
黄金が満ちてくる宝の市村座。千秋万歳と、常世の橘のように栄えて。
櫓太鼓の音は久しき
櫓太鼓の音は、いつまでも久しく響くのであった。
この曲は詞章の出典が他と異なる。『徳川文芸類聚』第十 俗曲下所収『荻江節正本』の本文(著作権消滅)により、繰り返し記号は読みやすく展開し、合方〔合〕の指示は省いた。原典は目次の題名を「紅葉傘住吉丹前(住吉丹前)」、本文の題名を「紅葉傘住吉丹前」とする。
原典は総かな書きのため、読みやすさを考えて漢字を当てた箇所が多い。
「丹前」は江戸の湯女風呂に通う伊達な男の風俗をいい、それを写した所作事を丹前物という。この曲は住吉の祭りを借りて江戸市村座の顔見世を祝う趣向で、神事の詞に始まりながら、後半は役者の口上と恋の口説きに移る。
〔ナゲブシ〕〔外記オロシ〕〔ヲトシ〕〔ヲドリ〕〔三ノギン〕〔一セイカカリ〕〔中ギン〕〔ユリカカリ〕〔ツヅミ歌〕〔ギン〕〔詞〕〔ウタヒ地ヒヤウシ〕はいずれも原典に記された節付けの指示。段の頭に置いて残した。
〔吉次カカリ〕〔藤蔵せりふ〕〔羽左衛門〕は原典に記された演者の指示。市村羽左衛門は市村座の座元の名。
「住吉」に「住み良し」を掛ける。「岸の姫松」は住吉神社の岸辺の松で、古来めでたいものとされる。
「雲見る時は衣服を思ひ、花眺むれば容を慕ふ」は李白「清平調」の「雲には衣裳を想ひ花には容を想ふ」による。続く「桃李芙蓉」「楊柳の細腰」も唐詩の常套の美人形容。
「三十一文字」は和歌。唐詩の美人の形容を和歌に和らげると、かえって恋の口舌の種になるという言い回し。
「廿日草」は牡丹の異名。二十日ほど咲きつづけることによる。
「御室の御所」は仁和寺。八重桜の名所として知られる。「音羽山」は清水寺のある山。
「媚茶」「煤竹」はいずれも江戸の染色の名。
「出雲八重垣」は素戔嗚尊の歌「八雲立つ出雲八重垣妻籠みに」による。縁結びをいう。
「常世の橘」は田道間守が常世の国から持ち帰ったという橘。永久の繁栄を寿ぐ。「櫓太鼓」は芝居小屋の櫓で打つ太鼓で、興行の栄えをいう。
この曲は語義の定まらない語が特に多い。次の語は推測で埋めず原典のままとした——「よげにも添ふよの」「はんま千鳥」「しづが手をいや」「ばをりくわんくわつすいて」「だいせう」「すいせんのしやんしやん」「ふなおさ」「びびくりびびくり」「しかんかいな」「こぎりめに」「あさからとうから」。
作詞者・作曲者・初演年は原典に記載がない。流儀・稽古本によって仮名遣いや字句にも異同があるため、演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。