与作よさく
荻江節 本名題『乗掛情夏木立』 作詞者・作曲者・初演年不詳

浄瑠璃『恋女房染分手綱』に名高い馬方与作と関の小万を題に取る。旅人を留める関を人目の関・恋の関に掛けて起こし、都から跡を慕って来た女と、刀に代わる竹の鞭を持つ与作とが、月毛の駒を道しるべに横田村へ向かう。中ほどは鈴鹿馬子唄と箱根の馬子唄を並べ、鈴の音に浮かれる三度笠の道中となる。後半は文の絶えたつれなさを恨む口説きから、吉原雀の留める袖を振り切って横田川へ急ぎ、しばしとてこそ休らいぬ、と納める。『徳川文芸類聚』所収の荻江節正本による。
あらすじ
旅人を留むるも関。身を忍ぶ人目の関や恋の関。関の小万もその昔、「いろは」といいし舞扇。指手引手に招く「おじゃれ」の憂き勤め。跡を慕いて都より、はるばる来ぬ故郷の松は見知りし。藤波や、びらり帽子に染め浴衣。関路はあとに有明の、月毛の駒を道しるべ。しゃんと乗ったる横田村、親里さして行く道の。同じ思いはあとや先。道に後れて道芝の、させもが露の染め手綱。刀に代わる竹の鞭。不思議の縁に繋がれし恋の重荷を打ち載せて。与作、与作と招かれて、泊まるなら泊まらんせ。あやかりものと夕時雨。千両取るとも馬追いやよ。寒の師走も日の六月、駒の手綱で日を暮らす。抱き下ろせば褄からげ、道はか行かぬ女旅。坂は照る照る、鈴鹿は曇る。鈴鹿も我も曇る身を、晴らす誓いは観世音。山より山に行く道は、えいさっさ。箱根八里は馬でも越すが、越すに越されぬ大井川。伊勢は津で持つ、津は伊勢で持つ。登り下りに手を引き合うて、あの人の、これの、しゃんこ、鈴の音。花馬揃うて、いよいよ浮かれて三度笠。旅の憂さをも忘れ草。名は伊達人の与作とて、人に知られし恋男。秋の空。嘘を真に言うておき、おまえゆえならどうなりと命は惜しまぬ心から。この頃絶えて文も来ぬ。わしが思う露ほども届かぬ、おまえのつれなさと、ぴんと拗ねるもどこやらか。互いに思う恋仲も。逢う夜うれしきその人なれど、あだし此身はままにはならぬ。さりとは恋の上風、舟で押せ押せ。唄う小歌も面白や。つい聞き捨てて行く道も、市村、里村、早過ぎて。日影も西に傾けば、吉原雀さながらに、留むる袖を振り切って、急ぐ足さえ砂道。すぐには行かぬ駒の足——横田川に、しばしとてこそ休らいぬ。
詞章と現代語訳
旅人をとゞむるも関身を忍ぶ。人めの関や恋のせき。関のこまんもその昔。〔ハル〕いろはといひし舞扇指手引手にまねくおじやれのうきつとめ
旅人を留むるも関。身を忍ぶ人目の関や、恋の関。関の小万もその昔。「いろは」といいし舞扇、指手引手に招く「おじゃれ」の憂き勤め。
跡をしたひて。都より〔ツナグ〕はるばるきぬふる郷の〔二ノギン〕松は見しりし〔アタル〕ふぢなみやびらりぼうしに染浴衣〔ハシル〕関路はあとにあり明の〔合〕〔ヒヤウシ〕つきげの〔合〕駒をみちしるべ〔合〕〔中ギン〕しやんと乗たる横た村。〔ヲクリ〕〔アミトガカリ〕おやざとさして行道の
跡を慕いて都より、はるばる来ぬ故郷の松は見知りし。藤波や、「びらり帽子」に染め浴衣。関路はあとに——有明の、月毛の駒を道しるべ。しゃんと乗ったる横田村。親里さして行く道の。
おなじおもひはあとやさき。道に後れてみち芝の〔合〕させもが露のそめたづな〔合〕〔二ノ中ギン〕かたなにかはる竹のむち〔合〕ふしぎのゑんにつながれし〔小ヲクリ〕恋の。おも荷を〔文七ガカリ〕打のせて〔合〕〔ニノギン〕与作々々と招かれて〔合〕〔ヒヤウシ〕とまるなら〔合〕泊らんせ京へ通しかよいのを乗た〔合〕〔木ツキユリ〕あやかりものと夕時雨。〔合〕〔二ノギン〕千両取とも馬追いやよ寒の師走も日の〔三ノギン〕六月〔合〕〔二ノギン〕駒の手綱で日をくらすヲヽしよんがへ。〔フシヲトシ〕むかしがたりとなりふりも
同じ思いはあとや先。道に後れて道芝の、させもが露の染め手綱。刀に代わる竹の鞭。不思議の縁に繋がれし、恋の重荷を打ち載せて。「与作、与作」と招かれて、泊まるなら泊まらんせ、京へ通し、通いのを乗った、あやかりものと夕時雨。千両取るとも馬追いやよ。寒の師走も日の六月、駒の手綱で日を暮らす。をを、しょんがえ。昔語りとなりふりも。
さつてもこちの品者め
さっても、こちの「品者」め。
抱きおろせば。〔フシ〕褄からげ。道はか行ね女旅
抱き下ろせば、褄からげ。道はか行かぬ女旅。
坂はてるてる
坂は照る照る。
すゞかはくもる。鈴鹿も我もくもる身を
鈴鹿は曇る。鈴鹿も我も、曇る身を。
はらすちかひは観世音山より〔合〕山に行道はゑいさつさゑいさつさ
晴らす誓いは観世音。山より山に行く道は、えいさっさ、えいさっさ。
箱根八里は馬でも越がこすにこされぬ大井川ナアヨいせは津でもつ津は伊勢で持尾張名ごやはしんしろで持ナアヨ
箱根八里は馬でも越すが、越すに越されぬ大井川。なあよ。伊勢は津で持つ、津は伊勢で持つ、尾張名古屋は「しんしろ」で持つ。なあよ。
登り下りに手を引合て〔合〕〔ヒヤウシ〕あの人のこれのこれのしやんこしやんこ鈴の音。はなむまそろふてのんほのんいよいようかれてうかれて三度笠。〔合〕〔フシ〕旅のうさをもをすれ草
登り下りに手を引き合うて。あの人の、これの、これの、しゃんこ、しゃんこ、鈴の音。花馬揃うて、「のんほのん」、いよいよ浮かれて、浮かれて三度笠。旅の憂さをも忘れ草。
名はだてびとの与作とて。人にしられし恋おとこ
名は伊達人の与作とて、人に知られし恋男。
なんぼおまへがそふいはんしても男の心と
なんぼおまえがそう言わんしても、男の心と——
秋のそら〔合〕うそをまことにいふておきおまへ。ゆへならどうなりといのちはおしまぬ〔モツスカス〕こゝろから。〔アタルフシ〕このころたへて文もこぬ。〔合〕またうるさゝのあだ心〔二ノギン〕わしがおもふ露ほども。とゞかぬおまへのつれなさと。ぴんとすねるもどこやらか。たがいに思ふ恋中も。〔フシ〕だてにはすはにふりもよし
秋の空。嘘を真に言うておき、おまえゆえならどうなりと、命は惜しまぬ心から。この頃絶えて文も来ぬ。またうるささの徒心。わしが思う露ほども届かぬ、おまえのつれなさと、ぴんと拗ねるもどこやらか。互いに思う恋仲も、伊達には「すはに」振りもよし。
こちのおもはくちかの御げんとかいてきた。きたのんしのんし〔合〕あふ夜うれしきその人なれどあだし此身はまゝにはならぬさりとは〔合〕恋のうは風ふねでおせおせよふかよかのんしのんし
こちの思わく、「ちかの御験」と書いてきた。来た、のんし、のんし。逢う夜うれしきその人なれど、あだし此身はままにはならぬ。さりとは恋の上風、舟で押せ押せ。「よふかよか」、のんし、のんし。
唄ふ小歌もおもしろや
唄う小歌も面白や。
つゐ聞すてゝゆく道も市むら〔合〕里むら〔ヒヤウシ〕早過て日かげも西にかたぶけば〔合〕〔二ノ中ギン〕吉原すゞめさながらに。とゞむるそでを〔合〕ふりきつて〔ヒロヒ〕いそぐあしさへいさごみち〔合〕〔三重力ゝリ〕すぐにはゆかぬ駒のあしよこた。川に
つい聞き捨てて行く道も、市村、里村、早過ぎて。日影も西に傾けば、吉原雀さながらに、留むる袖を振り切って、急ぐ足さえ砂道。すぐには行かぬ駒の足——横田川に。
しばしとてこそやすらひぬ
しばしとてこそ、休らいぬ。
この曲は詞章の出典が他と異なる。『徳川文芸類聚』第十 俗曲下所収『荻江節正本』の本文(著作権消滅)により、章句・合方の記号は原典のまま段の頭や途中に残し、繰り返し記号は読みやすく展開した。
原典は総かな書きの部分が多いため、読みやすさを考えて漢字を当てた。ふりがなが原典の仮名である。
本名題は『乗掛情夏木立』(のりかけなさけのなつこだち)。「乗掛」は人と荷を両方載せる馬のこと。
与作と関の小万は浄瑠璃『恋女房染分手綱』の登場人物。馬方与作と、鈴鹿の関の小万。段の頭の〔愛蔵出〕〔羽左衛門出〕〔吉次〕〔吉沢〕〔二人〕は原典のままで、演者の出や受け持ちを示すものと見られる。
「させもが露」は藤原基俊の「契りおきしさせもが露を命にて あはれ今年の秋もいぬめり」(千載集)による。頼みにしていた約束のたとえ。
「坂はてるてる鈴鹿は曇る」は鈴鹿馬子唄。「箱根八里は馬でも越すが、越すに越されぬ大井川」「伊勢は津で持つ…」は箱根馬子唄と伊勢音頭の文句による。原典の繰り返し記号「坂はてる/\」は馬子唄の文句にならって「照る照る」と展開した。
「あり明の/つきげの駒」は有明の月に月毛(黄みを帯びた白馬)を掛ける。「よこた村」「よこた川」は鈴鹿の横田。
「吉原すゞめ」は吉原の噂に通じた者。ここは客を引きとめる里の者を言う。「わすれ草」は萱草、憂さを忘れさせるという草。
結びの「しばしとてこそやすらひぬ」は西行の「道のべに清水流るる柳かげしばしとてこそ立ちどまりつれ」(新古今集)の心による。
語義の定めがたい語は推測で埋めず原典のまま残した。「びらりぼうし」、「こちの品者め」、「尾張名ごやはしんしろで持」(ふつうは「城で持つ」だが原典の字のまま置いた)、「のんほのん」、「のんし」、「よふかよか」、「だてにはすはにふりもよし」、「ちかの御げん」。
作詞者・作曲者・初演年は原典に記載がない。流儀・稽古本によって仮名遣いや字句にも異同があるため、演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。