藤舎の紋 藤舎名玄TOSHA MEIGEN ― 詞章ライブラリーへ戻る
常磐津

三人生酔さんにんなまよい

常磐津  本名題『節句遊恋の手習』  別題『夕涼み三人生酔』  作詞者・作曲者・初演年不詳

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三人生酔 大川の涼み船
大川の涼み船

前半は五節句尽くし。正月の鳥追から雛祭、鶏合わせ、七夕、重陽へと季をめぐる。後半は大川の夕涼み、三人乗りの騒ぎ船で酔いがまわり、怒り上戸・笑い上戸・泣き上戸が入り乱れる滑稽。夏の席に向く。

あらすじ

四季の眺めもおのずから、五つの節句を代々に引く。小松の囃子、竹の笛、波の鼓も春秋の調べに通う四つの海。静かな空がほのぼのと明け、通り神楽に明けそめて、豊年を祝う鳥追の声も軒端に豊かである。海上はるかに見わたせば七福神の宝船。のどかに風も富貴自在、徳若に御万歳と御代も栄えてましんます。君が千歳をうちはえて、七野の七草に拍子も揃う梅若菜。鞠つく羽根つく福引や、君にゆかしい春遊び。ころも弥生の雛祭。梢に花をうちかけた藤の姿に桜のかさね、松の棹を立てる雛。妹背を結ぶ檜扇に、鳴らす合図の爪琴は、音も細殿に伝わって、しげき廊下の御簾の隙。九重に香る桜どき、団扇はなびく恋風も、桃や柳のいたずらに、色香を互いに争って——鶏に恨みの数々も、別れて逢うて合わせ鶏。やっと声をかけ、おのが羽に発矢と受けて妻鳥を蹴爪にかけ、鶏冠のうえ。身震い鳥鳴き尾かたげも、これぞ互いの攻め鼓。鳴く音、羽音の勇ましく、踏歌の節会ぞいさましい。夜風、山風、富士おろし。筑波の北風に両国の——さあ、おい船頭、川岸を突いて下ろしなよ。すてきに船が出たじゃあねえか。名に負う涼みの夕景色、三人乗りの騒ぎ船。ああ暑いこっちゃ。いや、また大川の涼しいことわえ。同じ騒ぎでも、こっちは野郎の三すくみ、あっちは三味線に美人入りじゃ、へえ畜生め。色がある、知りつつ惚れた横恋慕。言い出すからにはどこまでも立ててもらわにゃならぬぞえ。ええ、大分心意気をやっつけるぜ。あれを肴にこの大盃でぐっと一杯呑みまわしとやりましょうか。やあ、そいつはよかろう。こう、そんなら一つ注いで下ろしなと、無茶苦茶酒の筒茶碗。えい、ああいい気味だ——浴びるばかりの滝呑みに、浮いた機嫌の癖と癖。三人生酔とはこれであろう。えい、何だかむかむか癪に障って来たぜ。ははは、何だ癪に障った、癪に障ったが可笑しい。これさこれさ、そのように訳もないことに腹を立てたり、可笑しくもないことに笑ったり。そして貴公たちの顔がのう、六つにも七つにも見えて、そこらあたりがぐるりぐるりと廻るようでのう。どうしたらよかろうと思えば、何だか悲しくなって、思わず涙がこぼれあめ、袂をしぼるばかりである。ええ、べら棒め、涼みに出て吠えやがることはねえ。あれ見や、向こうの船で美しい姉さんが可愛らしい手で、あれ何かすらあ。えもしもし、お差し支えなければお合いをいたしやしょうぜ。簾ばったり、おちこちの人目というは知ればこそ、しっと身に添え抱きしめて。おや、大分俺を安くするな。ははは、これさこれさ、三人こうして極粋なことづくしで、思い入れぶって洒落ようと思って来たのに。そんなに腹を立てたり泣いたりするのも野暮じゃあねえが、そっちたちは酒の上が悪いと思ったら、水の上までやはり悪いぜ。あれ、隣りの船で何か始めるぜ。通り者の寝言じゃあねえが、どう調子を合わせるぜ——送って出やる肌薄な、姿を見れば胸迫り。おお、違えねえ、その胸迫りがもっともだ。これさ、また泣くか。困りもんだぜ。それだと言って、これが泣かずにいられようか。なぜよ。あれ、あの新内を聞くにつけ、浮川竹の苦界の身でも、実に惚れればあの通り。わしもちっとやそっとは掛かり合ってみた覚えもあれば、今のこの身にええ、ひしと当たって熱い涙がええ胸先へ。どうも悲しゅうて男泣きにこのようにと、二人の袂に取りすがる。ははは。えへへ。——ついには涙のすすり泣き。腹の皮がよじれる大笑い。何だ何だ、先刻からぐっと虫を押さえて聞いておりゃあ、泣きと笑いの掛け合いだあ。ええ、見たくもねえ、いい加減にしやあがれ。おや、また怒ったぜ。どうも丸くねえ。とかく浮世は色と酒。これ呑みたまえ涼みたまえ。酒の燗はちっとぬるいが、さあ機嫌直して一つお上がり。何だ、機嫌直してがおらあ気にくわねえ。やあ、そこを是非とも。いやだよ。これこれ呑みしゃませ、のほよほ、さんな、またあろかいな。呑んだらもう一つ廻しやあがれ。おお、そうじゃそうじゃ。おさる目出たやな——泣くも笑うも腹立ちも、酒に興ある船遊び。月も及ばぬ雪も及ばぬ眺めの花火の賑わいは、高尾、川一、吉野丸。屋台囃子に騒ぎ歌、繁華の御代のさまであるよ。初秋や、名も文月の恋の謎。銀河まつりの戯れに、さあいつか夫婦の約束は——おい、よいやさ。風も夜寒になるままに、冴えゆく月の光までが霜かと紛う川波や、賤が手わざに晒す細布。見わたせば峰の梢の紅葉葉に、露が時雨て面白や。立つ波が膳所の網代木に堰かれて、流るる水を堰き止めよ。晒す細布を手にくるくると、いとしおらしい賤が業。まことに九日の菊の香の残る嬉しさ、常磐木の枝葉が茂って栄えるのであった。

詞章と現代語訳

四季しきながめもおのづから、いつつのせち代々よよにひく、小松こまつのはやしたけふえなみつづみ春秋はるあきの、調しらべかよつのうみ

四季の眺めもおのずから、五つの節句を代々に引く。小松の囃子、竹の笛、波の鼓も春秋の調べに通う——四つの海よ。

しづけきそらのほのぼのと、通神楽とほりかぐら明初あけそめて、豊年ほうねんいは鳥追とりおひの、こゑ軒端のきばゆたかなる

静かな空がほのぼのと、通り神楽に明けそめて、豊年を祝う鳥追の声も軒端に豊かである。

海上かいしやうはるか見渡みわたせば、七福神しちふくじん宝船たからぶね長閑のどかかぜ富貴ふうき自在じざい徳若とくわか御万歳ごまんざいとは御代みよさかへてましんます、きみ千歳ちとせをうちはへて、みつぎ七野ななの七草ななくさに、拍子ひやうしそろ梅若菜うめわかなまりつく羽根はねつく福引ふくびきや、きみにゆかしき春遊はるあそ

海上はるかに見わたせば七福神の宝船。のどかに風も富貴自在、徳若に御万歳と、御代も栄えてましんます。君が千歳をうちはえて、七野の七草に拍子も揃う梅若菜。鞠つく、羽根つく、福引や——君にゆかしい春遊び。

ころ弥生やよひ雛祭ひなまつりこずゑはなをうちかけし、ふぢ姿すがたさくらのかさね、まつさををたてるひな妹脊いもせむす檜扇ひあふぎ

ころも弥生の雛祭。梢に花をうちかけた藤の姿に桜のかさね、松の棹を立てる雛。妹背を結ぶ檜扇に。

ならす合図あひづ爪琴つまごとは、おと細殿ほそどの音信おとづるる、しげき廊下らうか御簾みすひま

鳴らす合図の爪琴は、その音も細殿に伝わって、しげき廊下の御簾の隙。

九重ここのへかを桜時さくらどき団扇うちははなびく恋風こひかぜ

九重に香る桜どき、団扇になびく恋風も。

ももやなぎのいたづらに

桃や柳のいたずらに。

いろ

色香を。

たがひにあらそふて

互いに争って。

とりうらみの数々かずかずも、わかれてふてあはどり、ヤツとこゑかけおのがはねに、発矢はつしけて妻鳥つまどりを、蹴爪けづめにかけて鶏冠とさかのうへ、ぶるひとりなきかたげも、これぞたがひのつづみ鳴音なくね羽音はおといさましく、踏歌たふか節会せちゑぞいさましく

鶏に恨みの数々も、別れて逢うて合わせ鶏。やっと声をかけ、おのが羽に発矢と受けて、妻鳥を蹴爪にかけて鶏冠のうえ。身震い、鳥鳴き、尾かたげも、これぞ互いの攻め鼓。鳴く音、羽音の勇ましく、踏歌の節会ぞいさましい。

夜風よかぜ山風やまかぜ不二颪ふじおろし筑波つくば北風きたかぜ両国りやうごくのサア

夜風、山風、富士おろし。筑波の北風に、両国の——さあ。

ヲイ船公せんどう川岸かしいておろつし

「おい船頭、川岸を突いて下ろしなよ」

素敵すてきふねたぢやアねへか

「すてきに船が出たじゃあねえか」

にしすずみの夕景色ゆふげしき三人乗さんにんのりのさわぶね

名に負う涼みの夕景色、三人乗りの騒ぎ船。

アアあついこつちやこつちや、イヤまた大川おほかはすずしいことはへ、ヲヲすずしいすずしい、イヤおなさわぎでも、其方そちら野郎やらうさんすくみ、彼方あちら三味線さみせん美婦入びぢんいりぢや、へへ畜生ちきしやう

「ああ暑いこっちゃ、こっちゃ。いや、また大川の涼しいことわえ。おお涼しい、涼しい。いや、同じ騒ぎでも、こっちは野郎の三すくみ、あっちは三味線に美人入りじゃ。へへ、畜生め」

いろがある、りつつれた横恋慕よこれんぼ言出いひだすからは何処どこまでも、たてもらはにやならぬぞへ

「色がある。知りつつ惚れた横恋慕、言い出すからにはどこまでも立ててもらわにゃならぬぞえ」

エエ大分だいぶん心意気こころいきをやつつけるぜ

「ええ、大分心意気をやっつけるぜ」

アレヲさかなこの大盞おほさかづきで、ぐつと一杯いつぱい呑廻のみまはしとやりませうか

「あれを肴に、この大盃でぐっと一杯呑みまわしとやりましょうか」

其奴そいつはよからう

「や、そいつはよかろう」

コウそんならひとついおろつし、と無茶苦茶むちやくちやざけ筒茶碗つつぢやわん、ヱイアア いい気味きみだ、あびるばかりの瀧呑たきのみに

「こう、そんなら一つ注いで下ろしな」と、無茶苦茶酒の筒茶碗。「えい、ああいい気味だ」——浴びるばかりの滝呑みに。

ういた機嫌きげんくせ

浮いた機嫌の癖。

と。

くせ

癖。

三人生酔さんにんなまよひこれならん

三人生酔とは、これであろう。

ヱイなんだかむかむかしやくさはつてたぜ

「えい、何だかむかむか癪に障って来たぜ」

ハハハハなんしやくさはつた、しやくさはつたが可笑をかしいをかしい

「はははは、何だ癪に障った。癪に障ったが可笑しい、可笑しい」

コレサこれさ其様そのやうわけもないことはらたてたり、可笑をかしくもないことわらうたり、そして貴公達きこうたちかほがノヤ、つにもななつにもえて、其処等そこらあたりがぐるりぐるりと、まはるやうでノヤ、どうしたらよからうとおもへば、なんだかかなしくなつて、おもはずなみだがこぼれあめ、たもとをしぼるばかりなり

「これさ、これさ。そのように訳もないことに腹を立てたり、可笑しくもないことに笑ったり。そして貴公たちの顔がのう、六つにも七つにも見えて、そこらあたりがぐるりぐるりと廻るようでのう。どうしたらよかろうと思えば、何だか悲しくなって」——思わず涙がこぼれあめ、袂をしぼるばかりである。

エエ箆棒べらばうすずみにてほへやアがることはねへ、アレむかふのふねうつくしいあねさんが可愛かはいらしいで、アレなにかすらア、エモシもし おおさへならばおあひいたしやせうぜ

「ええ、べら棒め。涼みに出て吠えやがることはねえ。あれ見や、向こうの船で美しい姉さんが可愛らしい手で、あれ何かすらあ。えもし、もし。お差し支えなければ、お合いをいたしやしょうぜ」

すだればつたりおちこちの、人目ひとめといふはればこそ、しつと抱締だきしめ

簾ばったり、おちこちの人目というは知ればこそ、しっと身に添え抱きしめて。

ヲヤ大分だいぶんおれをやすくするな

「おや、大分俺を安くするな」

ハハハハコレサこれさ三人さんにんうして極粋ごくすゐなことづくしで、おもひいれぶつて洒落しやれやうとおもつてたのに、そんなにはらたてたりないたりするも野暮やぼぢやアねへが、そつちたちさけうへわるいとおもつたら、みづうへまで矢張やはりわるいぜ、アレとなりふねなにはじめるぜ、とほもの寐言ねごとぢやアねへが、どう調子てうしをあはせるぜ、おくつてやる肌薄はだうすな、姿すがたればむねせま

「はははは、これさこれさ。三人こうして極粋なことづくしで、思い入れぶって洒落ようと思って来たのに。そんなに腹を立てたり泣いたりするのも野暮じゃあねえが、そっちたちは酒の上が悪いと思ったら、水の上までやはり悪いぜ。あれ、隣りの船で何か始めるぜ。通り者の寝言じゃあねえが、どう調子を合わせるぜ」——送って出やる肌薄な、姿を見れば胸迫り。

ヲヲちがへねへちがへねへ そのむねせまりがもつともだもつともだ

「おお、違えねえ、違えねえ。その胸迫りがもっともだ、もっともだ」

コレサまたくか、こまりもんだぜ

「これさ、また泣くか。困りもんだぜ」

それだというて、これがなかずにられうか、アアアア

「それだと言って、これが泣かずにいられようか。ああ、ああ」

何故なぜ

「なぜよ」

アレあの新内しんないくにつけ、浮川竹うきかはたけ苦界くがいでも、じつれればアノとほり、わしもちつとやそつとはかかつておぼえもあれば、いまこのにエエひしとあたつてあつなみだがエエ胸先むなさきへ、どうもどうもかなしうて男泣をとこなきに此様このやうにと、二人ふたりたもとにとりすが

「あれ、あの新内を聞くにつけ。浮川竹の苦界の身でも、実に惚れればあの通り。わしもちっとやそっとは掛かり合ってみた覚えもあれば、今のこの身にええ、ひしと当たって熱い涙がええ胸先へ。どうも、どうも悲しゅうて男泣きに、このように」と二人の袂に取りすがる。

ハハハハハ

「はははは」

ヱヘヘヘヘ

「えへへへ」

ハハハ

「ははは」

ヘヘヘ

「へへへ」

ハハ

「はは」

ヘヘ

「へへ」

つひなみだのすすり

ついには涙のすすり泣き。

はらかはよる大笑おほわら

腹の皮がよじれる大笑い。

なんだなんだ先刻さつきからぐつとむしおさへていてりやア、なきわらひの掛合かけあひだア、ヱエたくでもねへ好加減いいかげんにしやアがれ

「何だ、何だ。先刻からぐっと虫を押さえて聞いておりゃあ、泣きと笑いの掛け合いだあ。ええ、見たくもねえ。いい加減にしやあがれ」

オヤまたおこつたぜどうもまるくねへ、兎角とかく浮世うきよいろさけ、コレみたまへすずみたまへさけかんはちつとぬるいが、サア機嫌きげんなほしてひとつおあがり

「おや、また怒ったぜ。どうも丸くねえ。とかく浮世は色と酒。これ、呑みたまえ涼みたまえ。酒の燗はちっとぬるいが、さあ機嫌直して一つお上がり」

なん機嫌きげんなほしてきげんなほしてがおらアにくはねへ

「何だ、機嫌直して、機嫌直してが、おらあ気にくわねえ」

ところ是非ぜひとも

「や、そこを是非とも」

いやだよ

「いやだよ」

コレこれみしやませ、のほよほのほよほさんなさんなまたあろかいな

「これこれ、呑みしゃませ」——のほよほ、のほよほ、さんな、さんな、またあろかいな。

んだらモひとまはしやアがれ

「呑んだら、もう一つ廻しやあがれ」

オオそうぢやさうぢや、おさる目出度めでたやナ、なく

「おお、そうじゃ、そうじゃ。おさる目出たやな」——泣くも。

わらふも

笑うも。

腹立はらだち

腹立ちも。

さけきようある船遊ふなあそび、つきおよばぬゆきおよばぬ、ながめの花火はなびにぎひは、高尾たかを川一かはいち吉野丸よしのまる屋台囃やたいばやしさわうた繁華はんくわ御代みよのさまなれや

酒に興ある船遊び。月も及ばぬ、雪も及ばぬ眺めの花火の賑わいは、高尾、川一、吉野丸。屋台囃子に騒ぎ歌——繁華の御代のさまであるよ。

初秋はつあき文月ふみづきこひなぞ銀河ぎんがまつりのたはむれに、サアいつか女夫めをと約束やくそくはヲイおいよいやサ、かぜ夜寒よさむになるままに

初秋や、名も文月の恋の謎。銀河まつりの戯れに、さあいつか夫婦の約束は——おい、おい、よいやさ。風も夜寒になるままに。

冴行さえゆつきひかりまで、しもかとまが川波かはなみや、しづ手業てわざさら細布ほそぬの

冴えゆく月の光までが霜かと紛う川波や、賤が手わざに晒す細布。

見渡みわたせばみわたせば、みねこずゑ紅葉葉もみぢばに、つゆ時雨しぐれ面白おもしろやおもしろや

見わたせば、見わたせば、峰の梢の紅葉葉に露が時雨て面白や、面白や。

立波たつなみがたつなみが膳所ぜぜ網代木あじろぎさへられて、ながるるみづ堰止せきとめよせきとめよ、さら細布ほそぬのにくるくると、にくるくるといとしほらしきしづわざ

立つ波が、立つ波が膳所の網代木に堰かれて、流るる水を堰き止めよ、堰き止めよ。晒す細布を手にくるくると、手にくるくると——いとしおらしい賤が業よ。

にや九日くにちきくの、のこうれしき常磐木ときはぎの、枝葉えだはしげりてさかへけるさかへける

まことに九日の菊の香が残る嬉しさ。常磐木の枝葉が茂って栄えるのであった、栄えるのであった。

この曲は常磐津。詞章は声曲文芸研究会『声曲文芸叢書』第四編 常磐津集(明治四十二年刊・著作権消滅)所収の本文により、繰り返し記号は読みやすく展開した。

本名題は『節句遊恋の手習』。別題を『夕涼み三人生酔』という。作詞者・作曲者・初演年は原典に記載がない。

前半は五節句尽くし。正月の鳥追・宝船から、雛祭、端午にあたる鶏合わせ、七夕の銀河まつり、重陽の菊へと季をめぐる。曲名の「節句遊」はこれによる。

後半は大川の夕涼み。三人乗りの騒ぎ船で酔いがまわり、怒り上戸・笑い上戸・泣き上戸がそろって入り乱れる。「生酔」は酔いのまわりかけた状態をいう。

「三すくみ」は蛇・蛙・なめくじの三すくみ。ここでは男ばかり三人であることの洒落。

「高尾川一吉野丸」は屋根舟の名。「浮川竹」は遊女の身の上をいう。

「膳所の網代木」は近江八景の景物。結びは川晒しの景に重陽の菊を添えて寿ぐ。

原典の翻刻に紛れがある。冒頭の「四つの海」は算用数字で組まれていたので漢数字に改め、「どうしらよからう」は「どうしたらよからう」と読んだ。いずれも明らかな誤りと見て改め、ここに断っておく。

次の語は語義が定めがたく、推測で埋めず原典のまま残した。「ましんます」「貢七野」「のほよほ さんな」「おさる目出度やな」「分も涙の」。「のほよほ」は当ライブラリの『舌出し三番叟』にも出る囃子詞。

流儀・稽古本によって仮名遣いや字句に異同があるため、演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。