めいめいちょうめいめいちょう
長唄 作詞者・作曲者・初演年不詳

梅も紅葉も濡れては乾く時雨川——移ろう恋心を、二人の女の立ち姿に重ねる。頼朝の心変わりを疑いあい、思いの深さを日に三度と競い、夕月夜の切なさ、玉子の四角と男の誠、閨に残る枕と嫉妬の種を並べる。後半は水の月のようなふたりの姿が、梅が枝・山茶花・紅葉の木蔭を行き違い、巡り逢っては嫉妬の炎に胸を焦がす。恨みの数々を残る言の葉として結ぶ。『徳川文芸類聚』所収『歌撰集』の本文による。
あらすじ
梅も紅葉も、濡れては乾く時雨川。庭の松も影、二人立ち姿——現れて来たわいな。ああ、来たはいな。恨みも恋も残り音の。「もしや頼朝さんのお心が変わりやせん」と思う疑い。「をんなどし」、わしが思いは日に三度。いいや、わたしが。いや、わたしが思いは世に三度。畳叩いて夕月夜。折々雲に嫉まれて、晴れぬ思いの顔と顔。露を含みし冬椿、触らば落ちん風情なり。夕顔、小春の垣根に蔓るばかり。見るにつけ、聞くにつけ。殿御の誠と玉子の四角は、なんけんけれども、縁のあるのが誠なれ。嬉しかいなの命とは——ああ、心で拝んでいるわいな。閨に残りし枕はものを言わで、悋気の種と思い草。いろいろ花の冬籠り。松に嵐の連れて、二人姿の、あるかなきかの水の月かや。ちらちらちらと追っかけ追っかけ、追い巡れば。梅が枝、山茶花、紅葉の木蔭に行き違い、行き違い、巡り逢うては、悋気の炎の胸を焦がし。こはそもいかに、浅ましやと。恨みの数々、残る言の葉。
詞章と現代語訳
むめもみぢ、ぬれてやかはくしぐれ川。にわの松もかげ、ふたりたちすがた、あらはれてきたわいな、アヽきたはいな
梅も紅葉も、濡れては乾く時雨川。庭の松も影。二人立ち姿——現れて来たわいな。ああ、来たはいな。
うらみもこひものこりねの、もしやよりともさんのおこゝろがかはりやせんとおもふうたがひ、をんなどし、わしがおもひは日に三ど、いゝやわたしが。いやわたしが思ひは。よに。三ど
恨みも恋も、残り音の。「もしや頼朝さんのお心が変わりやせん」と思う疑い。「をんなどし」——わしが思いは日に三度。いいや、わたしが。いや、わたしが思いは、世に三度。
たゝみたゝいてゆふ月よ。おりおりくものにぐまれて、はれぬおもひのかほとかほ、つゆをふくみしふゆつばき、さわらばおちんふぜいなり〔合〕ゆふがほ小はるのかきねにつるばかり、見るにつけきくにつけ〔合〕とのごのまこととたまごの四かくはなんけんけれども、ゑんのあるのがまことなれ〔合〕うれしかいなのいのちとは、アゝこゝろでおがんでゐるわいな。ねやにのこりしまくらはものをいわで。りんきのたねとおもひぐさ、いろいろはなのふゆごもり
畳叩いて夕月夜。折々雲に嫉まれて、晴れぬ思いの顔と顔。露を含みし冬椿、触らば落ちん風情なり。夕顔、小春の垣根に蔓るばかり。見るにつけ、聞くにつけ。殿御の誠と玉子の四角は「なんけんけれども」、縁のあるのが誠なれ。「うれしかいなのいのちとは」——ああ、心で拝んでいるわいな。閨に残りし枕はものを言わで、悋気の種と思い草。いろいろ花の冬籠り。
まつにあらしのつれて、ふたりすがたのあるかなきかのみづの月かや、ちらちらちらとおつかけおつかけ、おひめぐれば〔合〕
松に嵐の連れて、二人姿の、あるかなきかの水の月かや。ちらちらちらと追っかけ、追っかけ、追い巡れば。
むめがえさゞんくわ、もみぢのこかげにゆきちがひゆきちがひ、めぐりあひてはりんきのほのふのむねをこがし、こはそもいかにあさましやと〔合〕
梅が枝、山茶花、紅葉の木蔭に行き違い、行き違い、巡り逢うては、悋気の炎の胸を焦がし。こはそもいかに、浅ましやと。
うらみのかずかず、のこることのは
恨みの数々、残る言の葉。
この曲は詞章の出典が他と異なる。『徳川文芸類聚』第十 俗曲下所収『歌撰集』の本文(著作権消滅)により、章句・合方の記号は原典のまま残し、繰り返し記号は読みやすく展開した。
原典は総かな書きのため、読みやすさを考えて漢字を当てた。ふりがなが原典の仮名である。
「たまごの四かく」は「玉子の四角と女郎の誠、あれば晦日に月が出る」——ありえないもののたとえ。
「みづの月」は水に映る月。手に取れないもの、はかないもののたとえ。
「思ひ草」は南蛮煙管の古名で、物思いに沈むさまに掛ける。「悋気」は嫉妬。
曲名「めいめいちょう」は原典に仮名で立項されており、どの字を当てるかは定めがたい。二人の女が追いつ追われつする所作から蝶を言うかとも見られるが、断じきれないため仮名のままとした。
語義の定めがたい語は推測で埋めず原典のまま残した。「をんなどし」、「なんけんけれども」、「うれしかいなのいのちとは」、「よりともさん」(源頼朝を指すか、同名の人物か決めがたい)。
作詞者・作曲者・初演年は原典に記載がない。流儀・稽古本によって仮名遣いや字句にも異同があるため、演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。