しきぞめしきぞめ
荻江節 作詞者・作曲者・初演年不詳

夜着や枕、鴛鴦と燕に寄せて、ふたりの仲の睦まじさをうたう閨の小品。「しきぞめ」は閨の敷初め——新枕の言い回しで、冒頭は「積んである」夜着蒲団に「罪」を言い掛ける。錦に織られても一羽の鳥は嫌、鴛鴦と燕の番がうらやましいという、かわいらしい理屈がほほえましい。他の曲と異なり『徳川文芸類聚』所収の荻江節正本による。
あらすじ
積んである——それまでは罪のない夜着蒲団。ゆうべは誰が、敷妙の枕をふたつ並べておいて。ひとつはお前、もうひとつは、言わずと合点であろうぞいの。夜ごと朝ごとに睦んで深い、その深い思いは、呉竹の葉末に置く雫。積もったなら松の葉の糸でつないで、仕立てて絎けて、交わす言葉は鳥の諸翼。たとえ錦に織られるとしても、一羽きりの鳥は嫌じゃわいな。鴛鴦と燕は、どこやら可愛い。鴛鴦には思い羽、燕は子までなした仲じゃもの。むつみを重ねる、閨の敷初め。
詞章と現代語訳
積んである、までは罪なき夜着蒲団
積んである——それまでは罪のない、夜着蒲団。
ゆうべは誰がしきたへの
ゆうべは誰が、敷妙の。
枕ふたつをならべておいて、ひとつはおまへ、まひとつは言はずと合点で
枕をふたつ並べておいて。ひとつはお前、もうひとつは、言わずと合点で。
あろぞいの、夜なに朝なに睦みて深き、深き思ひを呉竹の、葉ずゑに雫
あろうぞいの。夜ごと朝ごとに睦んで深い、その深い思いは、呉竹の葉末に置く雫。
積らば松の葉の、糸でつないで仕立ゝくけて、交す言葉の諸翼
積もったなら、松の葉の糸でつないで、仕立てて絎けて。交わす言葉は、鳥の諸翼。
よしや錦に織るとても、一わの鳥はいやじやわいな
たとえ錦に織られるとしても、一羽きりの鳥は嫌じゃわいな。
鴛と燕はどこやらかわい
鴛鴦と燕は、どこやら可愛い。
鴛にや思ひ羽根、つばくらは子までなしたる中じやもの、すさみ重ぬる、閨のしきぞめ
鴛鴦には思い羽、燕は子までなした仲じゃもの。むつみを重ねる、閨の敷初め。
この曲は詞章の出典が他と異なる。『徳川文芸類聚』第十 俗曲下所収『荻江節正本』の本文(著作権消滅)により、章句の記号は原典のまま段の頭に残し、合方の指示は省いた。
原典は総かな書きのため、読みやすさを考えて漢字を当てた。ふりがなが原典の仮名である。
「しきぞめ」は閨の敷初め、新枕の言い回し。冒頭の「積んである」は「罪」との掛詞で、畳んで積んであるうちは罪のない夜着蒲団、という洒落である。
「しきたへの」(敷妙の)は枕・床にかかる枕詞。「呉竹の葉末の雫」は積もる思いのたとえ。「松の葉の糸」は松葉を糸に見立てた言い回しで、末永い縁の縁起もかつぐ。
「諸翼」は左右そろった鳥のつばさ。比翼の连理の連想で、交わす言葉の睦まじさをいう。
「思ひ羽」は鴛鴦の飾り羽。鴛鴦は夫婦仲のよい鳥、燕は子を育てる鳥として、どちらも睦まじい番の代表である。「つばくら」は燕の古い呼び名。
作詞者・作曲者・初演年は原典に記載がない。流儀・稽古本によって仮名遣いや字句にも異同があるため、演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。