さごろもさごろも
荻江節 作詞者・作曲者・初演年不詳

花の間を千歳の里と隠れ住む人の、忍ぶに堪えぬ乱れ咲き。菊の白露、八重葎の宿、草枕に草筵と鄙びた住まいを重ね、芝蘭の友と睦まじく契る暁、星合の空に別れを惜しむ。中ほどは家桜・緋桜・遅桜・犬桜と桜の名を綴り、後半は松虫・鈴虫・きりぎりす・機織虫・轡虫と虫の名を綴って、常に鳴かぬ虫に人知れぬ思いを託す。結びは金輪奈落の底までもと思い詰め、乱菊の花の姿も恥ずかしやと納める。『徳川文芸類聚』所収の荻江節正本による。
あらすじ
花の間を千歳の里と隠れ住む。忍ぶに堪えぬ乱れ咲き。菊の白露、置き臥しの、朝餉の風のそよ吹けば。尾花うなずく、八重葎茂れる宿を。玉敷の草枕に、草筵。起きつ転びつ、ささめごと。芝蘭の友と睦まじく契る暁。星合の空も、別れの更くる夜ごとの鐘の声。または色よき籬の菊に、蝶も小蝶も戯れ遊ぶ。我も「よねん」の人連れ、下りつ上りつ、ひとりおのが羽風のたおやか、たおやか。花を土産に家桜。そもはや暮れて、緋桜の蔭。夜更けて月も遅桜。通う細道「こへすごき」犬桜。ぞっとした風に落とせし、つんつん妻戸、きりきり。二人が恋の山桜。闇に青とは暗がり様。「すいさまはて、そうじゃえ」、さいな、さいな。梅の花のかい、「くよかとめたゑん」と、月日を楽しみに、しょうがえ。わしが仲立ち、暗がり様。「すいさまはて、どうじゃえ」、さいな、さいな。君を思えば有明の月。明けて言われぬ恋、なんとしょうかえ。心尽くしの身ぞつらや。草葉にすだく虫の声。松虫、鈴虫、きりぎりすの。君と二人が漏らさぬ仲は、つづりさせ蝶、機織虫の。そりゃ轡虫、そりゃこそ「ひをむし」。常に鳴かぬは「たんたんたんたんたるらむし」。我が故郷へ伴わん。なおも自在の姿となって、ここに現れ、かしこに隠れ。天に現れば月宮殿まで追っかけ追っ詰め。世にまた入らば、金輪奈落の底までも。思い詰めては中々に、恨みつ綯いつ。乱菊の花の姿も恥ずかしや。
詞章と現代語訳
はなのまをちとせのさととかくれすむ、忍ぶにたへぬみだれざき
花の間を千歳の里と隠れ住む。忍ぶに堪えぬ、乱れ咲き。
菊の白つゆをきふしのあさげの風のそよふけば、をばなうなづぐやえむぐらしげれるやどを
菊の白露、置き臥しの、朝餉の風のそよ吹けば。尾花うなずく——八重葎茂れる宿を。
たましきのくさ枕にくさむしろ、おきつまろびつささめごと
玉敷きの、草枕に草筵。起きつ転びつ、ささめごと。
しらんのともとむつまじくちぎるあかつき、ほしあひの空もわかれのふくる夜ごとのかねのこゑ
芝蘭の友と睦まじく契る暁。星合の空も、別れの更くる夜ごとの鐘の声。
またはいろよきまがきのきくに、てふもこてふもたはぶれあそぶ
または色よき籬の菊に、蝶も小蝶も戯れ遊ぶ。
われもよねんの人つれ、おりつあがりつひとりおのがは風のたをやかたをやか、花をみやげにいゑざくら
我も「よねん」の人連れ、下りつ上りつ。ひとりおのが羽風の、たおやか、たおやか。花を土産に、家桜。
そもはやくれてひざくらのかげ、夜ふけて月もをそざくら
そもはや暮れて、緋桜の蔭。夜更けて月も、遅桜。
かよふほそみちこへすごきいぬ桜、ぞつとした風におとせしつんつんつまどきりきり
通う細道、「こへすごき」犬桜。ぞっとした風に落とせし、つんつん妻戸、きりきり。
ふたりが恋の山ざくら
二人が恋の、山桜。
やみにあをとはくらがり様、すいさまはてそふじやへ、さいなさいな
闇に青とは、暗がり様。「すいさまはて、そうじゃえ」。さいな、さいな。
むめのはなのかい、くよかとめたゑんと月日をたのしみにしやうがへ
梅の花のかい、「くよかとめたゑん」と、月日を楽しみに、しょうがえ。
わしが中だちくらがりさま、すいさまはてどうじやへ、さいなさいな
わしが仲立ち、暗がり様。「すいさまはて、どうじゃえ」。さいな、さいな。
きみをおもへばありあけの月、あけていはれぬこひなんとしやうかへ、こゝろづくしの身ぞつらや
君を思えば有明の月。明けて言われぬ恋、なんとしょうかえ。心尽くしの身ぞつらや。
くさばにすだくむしのこゑ、まつむしすゞむしわれかうろぎの
草葉にすだく虫の声。松虫、鈴虫、きりぎりすの。
きみとふたりがもらさぬ中は、つゞりさせてふはたをりむしの、そりやくつわむし、そりやこそひをむし
君と二人が漏らさぬ仲は、つづりさせ蝶、機織虫の。そりゃ轡虫、そりゃこそ「ひをむし」。
つねになかぬはたんたんたんたんたるらむし、わがふるさとへともなはん
常に鳴かぬは「たんたんたんたんたるらむし」。我が故郷へ伴わん。
なをもじざいのすがたとなつて、こゝにあらはれかしこにかくれ、てんにあらわればげつきうでんまでおつかけおつつめ
なおも自在の姿となって、ここに現れ、かしこに隠れ。天に現れば月宮殿まで、追っかけ追っ詰め。
世にまたいらばこんりんならくのそこまでも、おもひつめては中々にうらみつないつ、らんぎくの花のすがたもはづかしや
世にまた入らば、金輪奈落の底までも。思い詰めては中々に、恨みつ綯いつ——乱菊の花の姿も、恥ずかしや。
この曲は詞章の出典が他と異なる。『徳川文芸類聚』第十 俗曲下所収『荻江節正本』の本文(著作権消滅)により、繰り返し記号は読みやすく展開した。原典は章句・合方の記号を持たない一続きの本文で、段の切れ目はこちらで読みやすく分けたものである。
原典は総かな書きのため、読みやすさを考えて漢字を当てた。ふりがなが原典の仮名である。
曲名「さごろも」は狭衣(袖の狭い衣、また衣そのもの)。
中ほどは桜の名を綴る。家桜・緋桜・遅桜・犬桜。犬桜は花の小さい山桜の一種で、「犬」は劣るものにつける語。
後半は虫の名を綴る。「つゞりさせてふ」は「綴り刺せ」と鳴くというきりぎりすの異名。「はたをりむし」はきりぎりす、「くつわむし」はがちゃがちゃ。
「しらんのとも」は芝蘭の友。よい香りの草にたとえた、心の通う友のこと。「ほしあひの空」は七夕の空。
「たましき」は玉敷き、立派な邸のこと。それを草枕・草筵に重ねて、鄙びた住まいを言う。
「げつきうでん」は月宮殿、月の中にあるという宮殿。「こんりんならく」は金輪奈落、この世のいちばん底。
語義の定めがたい語は推測で埋めず原典のまま残した。「よねんの人つれ」、「こへすごき」、「すいさまはて」、「そふじやへ」「どうじやへ」、「くよかとめたゑんと」、「しやうがへ」、「ひをむし」、「たんたんたんたんたるらむし」。囃子詞や虫の名かとも読めるが断じきれない。
作詞者・作曲者・初演年は原典に記載がない。流儀・稽古本によって仮名遣いや字句にも異同があるため、演奏の際はお手元の稽古本と照合されたい。